事実かどうかも分からない昔の恨みを出しにされて、理不尽な思いをしても、元の人生を諦めたくない、手放したくないわたしは甘んずるしかなくて。
一方にしかない記憶なんて、妄想じゃない証拠はないのに。
そう思ってしまうからこそ、忘れていることに罪悪感が追いついてこない。
「なんで……っ」
目の前が滲んだ。世界が揺らいだ。
喉の奥が締めつけられて、唇を噛むと涙が伝っていった。
なんで、こんな不条理な目に遭わないといけないんだろう。
悔しいような、悲しいような、腹立たしいような、とにかくやるせない感情を持て余して嘆くことしかできない。
そもそも、5日という期限を過ぎたらどうなるんだろう。
わたしは殺されるんだろうか。
もしそうなったら、わたしたちはどうなるんだろう?
どんな結論を出しても憶測に過ぎなくて、確かなことなどひとつもない。
だけど、肉体を失うことが死を意味するという理屈は普遍のはず。
(それなら、あいつに殺されても“自殺”になる……?)
若槻が“わたし”を殺したのだとしても、見かけ上は自ら命を絶ったようにしか見えない。
あるいは“わたし”ではなく若槻自身のこの肉体を殺したとしても、それはわたし────茅野円花による殺人になってしまうから、どう転んでもわたしに不利で勝ち目がない。
わたしが死んでも終わり。わたしが殺しても終わり。
物理的に死ぬか、社会的に死ぬかのちがい。
彼にとってはどちらでも復讐になる。
彼がわたしとちがって自分の人生に執着していないのなら、歯止めをかけるものは何もない。
それこそ5日というタイムリミットを過ぎてしまったら。
「冗談じゃない……」
早く元に戻らなきゃ。
せっかく過去を捨てて“完璧”な人生を歩み始めたというのに、邪魔されている場合じゃない。
「ああ、もう……」
目のふちを拭って頭まで布団を被る。
気持ちの半分はふてくされていた。行き詰まっているのだけれど、立ちはだかる壁を破るほどの気力を持てずに。
進むべき方向は漠然と分かっていても、感情に押し負けて目を背けてしまっていた。
絶望があまりに大きくて、危機感を上回っている。
折り合いをつけようとすると、甘い心につけ込まれる。
若槻だって人間だ。いくら他人の身体でも死にたくなんてないだろうし、殺したくもないというのが本音であるはず。
それに、わたしには菅原くんという味方もいる。
(……話せば分かるよね、たぶん)
にっちもさっちもいかなくなったら、泣きつけばいいや。
あれが脅しだったなら、若槻も折れざるを得ないだろう。
────それが、傲慢さが招いた油断だと気づくのは、もう少しあとの話だった。