もしかしたら“わたし”はまだつけ狙われているかもしれないけれど、それは一旦置いておくことにする。
そのあと菅原くんには、わたしたちが繋がっていること、ひいては彼が入れ替わりに気づいたことを、若槻にはバレないようにしよう、と提案された。
まず間違いなくその方がいいだろう。
『俺、ここに泊まりましょうか?』
帰り際になると、彼はそんなとんでもないことまで言い出した。
『な、なにばかなこと言ってるの? ……菅原くんって冗談言うんだ』
『本気ですよ。先輩、いま男なんだから問題ないでしょ』
などという、あとにも先にも聞くことはないであろう暴論をねじ伏せて全力で拒絶すると、一応は納得してくれたらしい。
彼はそれから、ちょっと意外そうな顔をした。
『……知らなかった。先輩って、そんな感じなんですね』
そう言われるまで、わたしは“完璧”の仮面を外していることを忘れていた。
こんな状況になって、衝撃的なことが重なって、菅原くんにまで取り繕った態度で接する余裕をとうに失っていたのだ。
けれど、嫌味だとか皮肉だとかそういう口調ではなかった。
ただただ本当に、新たな一面を見た、と驚いているような雰囲気だ。
『……幻滅した?』
『まさか。むしろ嬉しいです。少しは俺に心開いてくれたってことですよね』
『そう、なのかな。自分でもよく分かんないや』
不思議と力が抜けて小さく笑う。
この期に及んで自分を作る意味なんてないように思えた。
一拍ののちに菅原くんが顔を上げる。頬を引き締め、真剣な表情をたたえていた。
『────俺が守ります。茅野先輩のこと』
凜然たるまっすぐな眼差しを受け止める。
迷いのないその言葉が純粋に嬉しかった。
もしかしたら、わたしはずっと彼のことを誤解していたのかもしれない。そう気がついた。
いまの自分にとっての敵は、悪人は、どう考えたって若槻だ。
結局、彼との因縁に関しては思い出せていないけれど、菅原くんという味方を得たのはかなり大きかった。
(……でも)
緩慢と寝返りを打つ。ぎゅう、と枕の端を握りしめた。
ひどく、心細い。
このまま元に戻れなかったらどうしよう。
一生このままなんて、絶対に嫌だ。
(何でこんなことになっちゃったの?)
わたしにはわたしの人生があった。
窮屈でも作りものでも、充実した毎日にはそれなりに満足していた。
それなのに────“完璧”を装って、必死に築き上げてきた茅野円花という人物像や地位は、突如として奪われた。
秘めていた過去を知る人間に、物理的にも社会的にも脅かされることになった。
「なんで……」