アレルギーで、と答えかけたものの、はたと思い至った。声に乗る前に言葉が喉の奥で消える。

(そうだった。わたし、いまは若槻なんだ)

 この身体なら食べても平気なはずだ。

「ごめん、何でもない。いまの忘れて」

 誤魔化すように眉を下げて笑い、髪に触れる。案の定、空振って(くう)を撫でた手を引っ込めた。

「……そうですか? でも、これは本当に先輩にと思って持ってきた手土産なんで、受け取ってくれたら嬉しいんですけど」

「じゃあ……遠慮なく。ありがとう」

 菅原くん、と呼びかけて寸前で思いとどまる。

 そもそも若槻は彼と接点があったのだろうか?
 だとしたら何と呼んでいたんだろう?

 不審がられたくない、バレたくない、という必死さが空回りして、普段の若槻とはほど遠くなっている気がする。
 彼を演じられている自信はまったくなかった。

「あのさ……」

 緊張を隠しきれず、つい膝の上できつく手を組む。

「今日は、どうしてうちに?」

 どこまで切り込むべきか慎重に見定めながら本題に入った。
 いまのところ、意図も関係性も何も掴めていない。

「……聞きたいことがあって」

 なぜか姿勢を正した彼は、ことさら真剣な面持ちで切り出す。

「変なこと聞きますけど……。先輩って、本当に若槻先輩ですか?」

 どくん、と先に反応した心臓が深く打つ。
 咄嗟に声が出なかった。言葉を失っていた。

 揺さぶられた脳は、その文字通りの意味での解釈をひねり出す。
 落ちた沈黙に甘えてみても、それ以外は考えられなかった。

「本当は、茅野先輩なんじゃないですか」

 わたしが想像したのとまったく同じことを、彼はあえて口にして追撃してきた。

「な、なん……」

 なんで?
 認めるも同然だけれど、それでも聞きたかった。渇いた喉に張りついて出てこなかったけれど。

 入れ替わっていることに気がついた? バレた?
 さすがに、あまりにも勘がよすぎやしないだろうか。
 駆け巡る動揺で、全身の血が逆流するようだった。

 菅原くんは思ったよりも冷静にその事実を受け止めているのか、少しの困惑を(あらわ)にするだけに留まっている。

「あまりに非現実的だって、ありえないって分かってるんですけど……どう考えても、()()茅野先輩は俺の知ってる彼女じゃないんですよ。フルーツのこともそうだし、髪を触る癖もそう」

 その口ぶりからすると、彼はわたしのアレルギーのこともあらかじめ知っていたみたいだ。
 髪を触る癖、というのも実際ある。自覚したのは彼になってからが初めてだったけれど。