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 何とか乗り切って迎えた放課後、教室までやってきた乃愛に押される形で一緒に帰ることになった。
 だけど、彼女にはそんな自覚がないらしく嬉しそうに頬を染めている。

「先輩、もしかしてあたしのこと待っててくれたんですか?」

「……ん?」

「だって、いつもはすぐいなくなっちゃうじゃないですか。こうやって教室を覗きにきても、だいたい“もう帰った”って」

 そうだったのか、と理解するより先に、その手があったか、と思った。
 たとえ表面上だけだとしても若槻と彼女は仲がいいのだとばかり思っていたけれど、どうやら彼の方はそこそこ露骨に疎んじていたようだ。

(それに気づいてないこの子は……鈍感なのか、ポジティブなのか)

 どちらでもあるのかもしれない。
 若槻の取り巻きのような女の子たちもまた乃愛を煙たがっているようなのだけれど、当の本人は気にもかけていなかった。

「そうだ。久しぶりに一緒に帰るし、どこか寄り道しますか?」

「うーん……今日はやめておこうかな。また今度ね」

「えー、デートしたかったなぁ」

 大げさなほど肩を落とす彼女に苦笑を返しておく。

 ことごとく気のある態度がぶれず、やっぱり疲れてしまうけれど、いまは我慢のときだと自分に言い聞かせた。

 若槻がストーカーの菅原くんを手懐けたように、わたしも乃愛を手駒にするんだ。
 ゆくゆくは菅原くんのことも取り込んで、若槻を牽制(けんせい)しながら自分の身を守らなければ。

「あ、円花先輩だ」

 乃愛の言葉にどきりとした。
 顔を上げると、校門へ向かう流れに混じって歩く“わたし”が目に入る。菅原くんも一緒だった。

(本当に大丈夫かな……)

 若槻の判断に納得したわけではもちろんなかったけれど、わたしにはどうしようもなくて一任する以外になかった。
 正直なところ、不安しかない。

「……円花先輩って、清楚な見た目に反して恋多き女ですよね」

 冷ややかにぽつりとこぼされたひとことの不穏なトーンに、自ずと空気が張り詰めた。

「ついこの間まで若槻先輩のこと狙ってたくせに、もう別の男子に色目使ってるなんて。軽すぎでしょ」

「え……」

「人気者気取って完璧な優等生ぶってるけど、そう思ってるのは自分だけだっての。みんな自分のために一緒にいるのに、気づいてなくて可哀想。先輩もそう思いません?」

 にっこりと微笑まれ、ぞっとした。

 彼女の二面性を目の当たりにしたからか、自分に向けられた明らかな敵意と悪意に触れたからか、いずれにしても動揺を禁じ得ない。