あまりの衝撃と驚愕で思わず声を上げてしまった。それが綾音と重なる。
 慌てて口元を覆うけれど、ほとんど同時にふたりがこちらを振り向いた。

「あ、優翔くん……」

「ごめん、ちょっと借りるね!」

 引きつったような微笑を浮かべつつ、ぐい、と再び“わたし”の腕を引いた。
 何か言いたげな顔をしていたけれど、さすがに観念したのか若槻は大人しくついてきた。



 今朝と同じく廊下の端で足を止めると、苛立ちを隠せないまま振り返る。

「どういうつもり? なに考えるの? 菅原くんと付き合うなんて」

「……何が言いたいの?」

「菅原くんはわたしのストーカーかもしれないの! さっき驚いてなかったところ見ると、あんたもそのこと知ってたんでしょ」

 詰め寄るわたしから逃れるように、ふらりと顔を背けて「まあね」なんて言ってのける。

「でも、だからこそだよ。下手に刺激しないように合わせてるんだ」

「……え?」

「あの手のタイプは、粘着質で何をしでかすか分からなくて危険でしょ。こじらせれば刺されるかもしれない」

 その言葉にぞっと血の気が引いて言葉を失う。
 数々のメッセージや無言電話、盗撮、そして昨日の帰り道のことを思い返すと、ありえない話ではないだろう。

 それから、意外に思った。
 そんなふうに客観的に分析できるほど、若槻が冷静だったとは。

「────それよりさ、きみの方こそ特定の誰かと親しくしたりするのやめてくれる?」

 “わたし”の瞳が冷たい色に染まり、表情から温度が抜け落ちる。
 この場合、たとえば乃愛のことを言っているのだろうか。

 彼として過ごしてみて気づいたけれど、確かに若槻には特定の親しい友人がいないらしかった。
 孤立しているわけではなく、常に周囲に人がいるけれど、広く浅い付き合い方をしている感じがある。

「……どうして」

「僕は他人に興味がないんだよ。誰かの幸せも不幸もどうでもいいし、本当はひとりでいたいと思ってる。理解する気もないし、されたいとも思わない」

 実際に日頃思っているからこその饒舌(じょうぜつ)な語り口のように感じられた。
 そんなふうに考えていたなんて、偽りの笑顔を向けられていたときには気づきもしなかった。

「頼むから表面上だけの付き合いにしてよ。じゃないと、元に戻ったときに面倒なことになるから」

 半ば気圧(けお)されながら「分かった」と言いかけたとき、ふと誰かの気配を感じて顔を上げる。

「そこで何してるんですか」

 いつの間にか近くに佇んでいたのは、噂の菅原くんだった。
 警戒を滲ませたような表情でこちらを見据えている。

(話、聞かれてた……?)

 内心焦りを覚えると、歩み寄ってきた彼が“わたし”を背に庇うようにして立った。

「彼女にちょっかいかけないでください」

 向けられた双眸(そうぼう)は真剣で、それでいて対抗心のようなものまで窺えて、わたしは困惑してしまう。

(……本気でわたしのことを?)

 ────連れ立って歩いていくふたりの姿は、どこか他人のように感じられた。他人事じゃないのに。
 こっそりと祈るような気持ちで見送る。

(どうか面倒ごとに発展しませんように。わたしが無事でありますように……!)

 その傍らで不意に降ってきたひらめきを拾い上げる。
 菅原くんの想いが本物なら、もしかするとそれを利用できるかもしれない。
 そうしたら、この不利な状況をひっくり返せるかもしれない。