勢いよく下げた頭の上から、どこか興がるような声が降ってきた。

「まあ確かに、すぐに終わらせちゃうのもつまらないよね」

「……!」

 はっと顔を上げると、にっこりと笑いかけられる。

「1週間……いや、5日あげる。それまでに自分のしたことを思い出して、ちゃんと謝罪してくれたら考えてあげてもいいよ」

 かっと頭に血が上った。それと同時に波立っていた感情があふれ、混乱を上回ってしまった。
 衝動任せにその胸ぐらを掴む。

「何それ……! ふざけてないで早く元に戻してよ!」

 失敗した、と思った。最初の出方を間違えた。下手(したて)に出るべきじゃなかった。

 はったりでも何でもいいから機先(きせん)を制するべきだった。
 そうやって彼みたいに脅せば、わたしの身体で下手な行動に出ないよう釘を刺せたのに。

「……ふざけてるのはどっち?」

 顔色ひとつ変えずに言った彼は、不快そうにわたしの手を剥がした。

「これは僕の温情だよ。きみに助かる機会をあげてるんだ」

「そんなの……っ」

「あのさ、勘違いしないでくれる? 僕たちは対等じゃない。自分の立場を忘れない方がいいよ」

 襟元を正しながら微笑む。
 確かにわたしの顔なのに、わたしの知らない表情をしていた。

「それに、入れ替わったのだって僕の仕業じゃない。元に戻る方法なんて知らないよ」

「……このままでいるしかないってこと?」

「そうだね。元に戻るか、僕がきみを殺すか、どっちが早いかな」



     ◇



 それからほどなくして、わたしたちはそれぞれの家へ帰宅していた。
 彼の家はそれほど新しくないワンルームマンションの一室。

 几帳面そうに見えるのに意外と片づけは苦手みたいで、服があちこちに散らかっていたり本や教科書が出しっぱなしになっていたり、キッチンには洗いものも溜まっていた。
 気になるけれど、気にしている場合じゃない。

 住所だとか家のことだとか色々な情報を共有しておき、取り急ぎお互いがお互いとして過ごす土台を整えておいた。
 スマホはケースを交換してつけ替え、自分のものを持っておくことにした。

 こうなってしまった以上、どんなに信じられなくても一旦諦めるしかない。

「はぁ……」

 脱ぎ捨てられた服を端へ押しやり、ため息混じりにベッドに倒れ込む。
 石鹸のようなシトラスのような、知らないにおいがする。

 シーリングライトの白い光も、色味の少ない部屋も、何もかもが落ち着かなかった。
 それに加えて、男の子として生活することにはしばらく慣れそうもない。

 とはいえ、ひとり暮らしという点には救われた。家へ帰ってさえしまえば、気を張らなくて済むから。
 彼の方は大変かもしれないけれど、きっと器用にやり過ごすんだろう。

 そこまで考えて、はたと心配になった。

「わたしを恨んでるとか言ってたけど、さすがに大丈夫だよね?」

 家族にまで手出しするとは考えづらい。というか、いまはそう信じるしかない。
 もう一度、深いため息をついた。

「何でこんなことに……」

 嘆かずにはいられなかった。
 わたしの“完璧”な人生計画を狂わされただけじゃなく、首筋に鋭い刃をあてがわれているも同然なのだから。

『自滅させてあげる』

 ……うまくやらなきゃ。こんなところで終われない。
 絶対に、負けてなんかやらない。