言葉を失ったまま見返すことしかできない。
 笑ってはいるけれど、彼が冗談を言っていたり嘘をついていたりするような気配はなかった。

(幼なじみ……?)

 そう言われても、実感が湧かないどころか信じられない。本当に何も覚えていなかった。

「すごいよね、その図太さ。僕の名前を聞いても、僕と話しても、まったく気づかなかったんだから。お陰でおもしろいもの見れたけど」

「ま、待って。ちょっと……理解が追いつかないんだけど」

 つい髪に触れようとしても、指先は空振ってしまう。
 暗色をぶちまけたパレットみたいな頭の中は、幾重(いくえ)にも紐が絡み合っているような状態だった。

「で、でも……お願い。幼なじみだって言うなら、あの頃のことはみんなに黙ってて」

 縋るように思わずその腕を掴んだ。
 いままで自分では気づかなかったけれど、びっくりするくらいか細くて、少し力を入れれば簡単に折れてしまいそうな気がした。

 少なからずそのことに動揺するわたしの手を、若槻くんは容赦なく振り払う。

「最初に言うことがそれ?」

 呆れたようなもの言いをされたものの、わたしにとっては何より重要なことだった。

「そんなの、言うことを聞く義理なんてない」

「お願い!」

「……はっきりさせておこうか」

 食い下がるわたしの懇願(こんがん)には応じず、彼は続ける。

「僕はきみのことが嫌いだった。憎くてたまらなかった。きみに近づいたのは、復讐するため」

「復讐……?」

 その(たぎ)るような双眸(そうぼう)と冷えきった声色にぞくりと背筋が凍えた。

 優しかった若槻くんの面影はどこにもなく、笑顔の裏には刃をひた隠しにしていたのだと思うと、足がすくむようだった。
 彼への心が音を立てて砕け散っていくのを感じる。

「ようやく恨みを晴らすときが来たんだよ。こうなったお陰で、自分の手を汚す必要もなくなった」

 願ってもみないチャンス、と言った意味が理解できた。
 伸びてきた“わたし”の手が、体温を失った頬に添えられる。

「自滅させてあげる」

 肌が粟立ち、身体が震えた。
 こんな状況になってしまった以上、わたしの秘密も命も彼の意ひとつだ。

「ご、め……ごめん……! お願い、許して。本当にごめんなさい!」

 身に覚えも心当たりもまったくなかったけれど、いまのわたしに言える言葉はこのほかになかった。
 とにかく平謝りをして命乞いをする以外に、自分を守る方法が分からない。

「……どうしようかなぁ」