信じられない気持ちで呟いた声はひび割れた。

 戸枠の部分に立っていた彼女(わたし)は、真剣な面持ちで病室の中へと踏み込んでくる。
 正面で立ち止まり、こちらを見上げてきた。

(わたしだ……)

 怪我を負ってはいるものの、毎日鏡で見てきた自分の顔を見紛うはずもない。
 自分がもうひとりいるような、そんな奇妙な感覚に陥った。

「……茅野さん」

 わたしが言った。わたしの声で。
 はっと息をのみ、直感を口にする。

「若槻くん……なの?」

「……そうみたい」

 ふと掲げられた鏡に目をやる。いつもわたしがポーチに入れて持ち歩いているものだ。
 そこにはわたしではなく、驚愕の表情を浮かべる若槻くんが映っていた。

「なんで……。どういうこと!?」

「どうやら僕たち、入れ替わっちゃったみたいだね」

 ぱたんと鏡が閉じられる。わたしとは打って変わって落ち着いた調子だ。
 悠々(ゆうゆう)とした足取りで窓際へ寄った“わたし”は、薄いカーテン越しに外を眺めているようだった。

「なんで……?」

 その冷静さが理解できない。怖くなって、その背中に投げかける。

「何でそんなに落ち着いてられるの? こんな……こんな、意味分かんないことになってるのに!」

 入れ替わっただなんてありえない。
 そう思うのに、目の前の現実はそれを嘲笑うかのようなありさまだった。

 そして、若槻くんもまた────。

「……ふふ。あははっ」

 混乱を極めるわたしを嘲笑うみたいに肩を揺らしてひとしきり笑うと、腕を組んだまま振り返る。

「若槻、くん……?」

 何がおかしいというのだろう。
 そもそも、彼はこんなに冷ややかな表情をする人じゃなかったはず。

「あのさ、ひとつ言っておくけど。僕としては、これは願ってもみないチャンスなんだよね」

「なに、言ってるの」

「茅野円花」

 もったいつけるようにひときわ冷静にわたしを呼んだ彼は、再び間近に歩み寄ってくる。

「僕、本当のきみを知ってるんだ」

 思わず眉を寄せた。頬が強張ったのが自分でも分かる。

「あの頃のきみは、いまとは真逆で嫌われ者の女王さまだったよね」

「……!」

 衝撃に貫かれて目を見張ると、若槻くんはせせら笑った。

「どうして、そのこと……」

「あれ? 本気で僕のこと覚えてないんだ」

「え……」

「ひどいなぁ、幼なじみなのに」