◇



 ふ、と目を開けると、ぼんやりとした薄明るい空間が広がっていた。
 天井の(まだら)模様が目に入る。

(ここは……?)

 横たわっていた身体を起こすと、清潔な白色のベッドの上だった。
 置いてあるものや造りを見て、病室だと思い至る。

 きっと、転落の途中で脳震盪(のうしんとう)を起こして意識を失ったのだろう。
 階段を転がり始めてからの記憶が途切れている。
 倒れているところを、誰かが通報してくれた?

 あのときは痛みも危機感も感じる余裕なんてなかったけれど、いまになって擦りむいたところがひりひりしてきた。

 けれど、特に重傷には至っておらず、せいぜい擦り傷程度だ。
 既に処置は終わっているらしく、医療用の白い絆創膏があちこちに貼られている。

(若槻くんは無事かな……?)

 ふと不安になって髪に触れようとしたけれど、なぜか手応えがほとんどない。長さが全然足りない。

「え?」

 訝しむようにその手を見下ろす。何だかわたしの手とはちがっていた。
 普段より幾分かてのひらが大きくて、角張っているような気がする。

「何これ……」

 呟いた声は低かった。自分の喉から発せられたはずなのに、明らかに他人の声だ。
 思わず喉元に手をやると、何か硬いものに触れた。

(どういうこと? 何が……どうなってるの!?)

 全身の鈍い痛みも忘れ、慌てて立ち上がる。
 いつもより目線が高くて、ますます違和感が膨れ上がった。
 足元を見やると、なぜか身につけているのは制服のスラックス。わたしはいつもスカートだし、こんなものは持っていないのに。

 いったいどういうことなんだろう。
 混乱を極めたまま、傍らのテーブルに置いてあった鞄を掴むと急いで開ける。

「ポーチ……。鏡……、鏡……」

 うわ言のように繰り返しながら漁るけれど、中身はわたしの持ち物ではないようだった。当然ながらポーチも鏡も見つからない。

 まるで意味不明な状況に目眩(めまい)を覚えたとき、鞄の横に置いてあるものに気がつく。

「これ……」

 生徒手帳だった。記された名前は“若槻優翔”。

 理解が追いつかずに呆然としてしまうと、ガラッと背後で扉がスライドする音が聞こえた。

「!」

 恐る恐る振り向いた先には、制服をまとうひとりの女子生徒が立っていた。
 華奢(きゃしゃ)で小柄な体格。胸より下くらいまでの長さの、緩やかに波打つ髪をそなえた彼女は────。

「わたし……?」