「……っ!」

 はっと息をのむ。
 ────いる。また、背後に誰かいる。

 コツ、と再び靴音が鳴った。
 その瞬間、わたしは弾かれたように地面を蹴っていた。

 射抜かれたように沈んだ心臓が、ばらばらに砕け散る。
 とにかく必死で階段を駆け上がっていく。熱いのに寒い、そんな奇妙な感覚がしていた。

 わたしのすぐ真後ろに、後ろ髪に、その手が伸ばされているような気がして、あまりの恐ろしさに泣きそうになる。

 無我夢中ではあったけれど感覚は遮断されていなくて、あとを追ってくる足音が確かに聞こえていた。

「やだ……っ」

 階段を上りきると、震える足で地面を捉える。
 先の方に見覚えのある姿を見つけた。

「若槻くん……!」

 半ば叫ぶように呼んだ声は掠れてしまったけれど、彼は気づいてくれたようだった。

「茅野、さん?」

「助けて!」

 こちらを向いた若槻くんの視線が、わたしの背後に移ったのが分かった。

 何を捉えたのかは分からない。振り返る余裕なんてない。
 驚いたように目を見張った彼は、けれど冷静さを損なうことなく手を差し伸べてくれる。

「こっち────」

 じわりと滲んだ涙で視界が歪む中、(すが)るように懸命に伸ばした。
 けれど、あまりに焦っていたせいで、若槻くんの手を掴み損ねてしまった。

「!」

 勢い余ってその腕を突くような形になり、彼の身体が後ろに傾いた。その向こう側にあるのは階段だ。

 触れた瞬間、反射的に腕を掴んでしまったせいで、わたしも引っ張られる形で足が地面を離れて平衡感覚を失う。

「……っ」

 若槻くんは咄嗟に抱きとめてくれようとしたけれど、そのときにはもうふたりともが宙に投げ出されていた。

(落ちる……!)

 視界がスローモーションのように反転したかと思うと、身体に強い衝撃が響いてくる。
 全身を段差に打ちつけながら、みるみる転がり落ちていった。