白宮亜香里(しろみやあかり)が生まれた家は比較的裕福な家だった。
父親はそれなりに有名な会社の人で、お金は人より多く貰っていた。
外面が良く、きっと周りに信頼されるいい上司だろう。
母親は手際の良い人で料理も美味しく、0歳の妹がいるのにも関わらず、いつも通りの動きをするすごい人だ。
私は母を尊敬している。
妹は私が14歳になる年に生まれた。私は一人っ子だった為、初めての姉妹がすごく可愛くて、たまには少し頬を、ぷにぷにしたり遊んでいた。

すごく楽しい家庭だった。いい思い出もたくさんある。
だけど、悪い思い出も同じくらい多かった。


「行ってきます。」
「気を付けてね、頑張ってね。いってらっしゃい。」
母はとても優しい人だ。自分も疲れているはずなのに、いつも私や父を気遣ってくれる。
「うん、お母さんもね。」
私は少し微笑んでから家を出る。
マスクの下で笑みを作り軽く筋肉を動かす。

「亜香里、待ってよー。」
遠くから誰かの声が聞こえる。
「ヒナタ…珍しいね。こんな時間に会うの。」
ヒナタは私の親友とも呼べる人。小学生から一緒で、ヒナタになら何でも言えるというくらい仲が良い。
「うん、今日は少し寝坊しちゃって。」
ヒナタは、周りの子より早く学校に行き机を整頓したり黒板を使いやすくしたりと、いわゆる優等生という人。よく凄いね、と伝えても「こんなの普通だよ。」と言われてしまう。謙遜する部分もヒナタの長所とも言えると思う。
「亜香里、早く行こう?遅れちゃう。」
いつの間にか歩幅が狭くなり、ゆっくり歩いていた私は、ヒナタのだいぶ後ろを歩いていた。
「あ、ごめん。」
素直に謝り、笑顔を作るのを忘れていたと思って少し笑いながらヒナタのもとへ向かった。

「じゃ、私クラスこっちだから。」
「そっか、また後でね。」
「うん。」
ヒナタは、私の教室の反対側だから階段が違う。
別々に移動し始めた頃、また少し息を吐く。そういえば、
昨日の夜、お父さん機嫌悪かったな、と思いながら。帰りたくないと考えながら笑顔を作り教室に入る。

「おっはよー。」「「おはよー、亜香里!」」
ほとんどの子が挨拶を返してくれる。
「そういえば、十坂先生(とさかせんせい)が呼んでたよ。」
十坂先生というのは担任の先生の名前だ。
「あ、そうなの。場所わかる?」
「一多目で待ってるって。」
「オーケー、ありがとう。」
先生にも信頼される明るい子。
小学生の頃から意識してやってきたから、すっかりそれで馴染んだ。まあ、元々の性格がそういう感じだからやりやすかったっていうのもあるけれど。

「十坂先生、来ました。」
「お、丁度いい所に。」

十坂先生は小学六年生の学年主任だったから去年からよく知っている先生の一人だ。
「今日は何か?」
「合唱祭についてなんだが…。」
指揮者の話だった。私は音楽に携わっていたことがあり、
誰もやらなかった為やることになった。
それの最終調整だそうだ。
「わかりました。(ふじ)さんと相談しておきます。」
「あぁ、助かる。」
藤さんというのは藤結(ふじゆい)という女の子で、伴奏をする子だ。
「では。」
静かに教室を出て、自分のクラスへ戻る。

「あ、帰ってきたー。大丈夫?」
「別に怒られてたワケじゃないしー。」
「まあ、亜香里は怒られないような子だしね。」
友人からの思われ方も比較的大切だ。否、人間関係が大切だ。
「ほら、もう授業始まるよ。座ろ?」
「そうだね。」
しっかり時間と周りを見て提案をする。皆から信頼される優等生。苦手なことも笑って進める頑張り屋。
評判はばっちり。

授業中だって、「白宮、ここの答えは?」と、先生に聞かれるが「はい。答えは(x,y)=(-12,4)です。」すぐに回答をいうことができる。先取り学習はしたいけれど出来たことがない。自分に甘くなってしまうし、疲れが勝ってしまい時間が過ぎる。その代わり、授業でみんなに追いついて理解をしなければならない。案外、こっちの方が難しいかもしれない。
「ねえねえ、亜香里ちゃん。ここの問題って…。」「ああ、そこはね…。」隣の子に聞かれてもすぐに丁寧に答えてあげる。これが、私という人物。頭は良くない。けれど、自分の理想を体現していくのはとても面白く感じていた。誰も気づかないでしょう。クラスの周りと比べてそれなりにイイヒトが、裏では父親を嫌悪し、こんなにも色々考えているなんて。

気づいてくれなきゃいいな。(誰か、気づいて)