「あの子、十歳の時にあの病気になってしまってから、まともに外に出なくなって、読んだ本の話しかしなかったの。でもいつからか急に外に出るようになって、それと同時に未来ちゃんと一緒に出かけた場所のことをとても楽しそうに話すようになったわ」
そう話すおばさんは、本当に幸せそうに笑う。
そんなつもりではないんだけど、と少し居心地が悪い。
「遥を変えてくれて、ありがとうね」
今まで楽しげに話していたおばさんが、突然涙声でそう言った。ひどく戸惑ってなんと返したらよいのかわからず、「私は何も」とありきたりな返事を返す。
だって本当に私は何もしていない。
むしろ私を変えてくれたのがハルカだった。ハルカと出会っていなければ、私は今も身動きの取れない息苦しい泥の中にいた。
「後少ししかないけど、最後まで仲良くしてあげてね」
「……え?」
「え? あら、うそやだ。あの子、まだミクちゃんに伝えてなかったの? ごめんなさい」
私が聞き返した途端慌て始めたおばさんはパッと口に手を当てる。
「後少ししかないって、どういうことですか?」
静かにそう尋ねれば、おばさんは少し困った顔をして視線を彷徨わせた後ソーサーにカップを置いた。
「遥の病気のことは知ってるのよね……? その専門のお医者さんが、アメリカにいるの。ずっと進めていた移住の準備がやっと整って、二週間後に引っ越すのよ」