芝生は連日の雨で濡れていたので、時計台の下のベンチに座った。


「えっと、おれね、一度眠ったら二週間は起きないんだ」


いつもとは違う、ちょっと困ったように笑ったハルカはそう言った。

数秒間を置いて、「はぁ?」と顔を顰めた。


「ふざけてんの?」

「ふざけてないよ。どれだけ頑張っても朝起きれなくて、一日中ずっとうとうとしちゃうの」


ビョーキだと聞いて、急にバタっと倒れてしまうくらいだからとても重い病気か深刻な状態なんだと思っていたのに、まさかの「朝起きれない」発言。

明らかに私のことを揶揄っているかふざけているんだと思って険しい顔をしてハルカを見る。


「何それ、だらけてる奴の言い訳じゃん」


言った瞬間まずったと思った。

ハルカが一瞬とても傷ついたような悲しそうな顔をしたからだ。でもそれに気づいた時にはもう遅くて、自分が言ってはいけないことを言ってしまった事実だけが残る。
謝るタイミングを逃してしまい、代わりに手のひらを握りしめて押し黙った。


「そう思うのも仕方ないね。でも、そういう病気。“クライネ・レビン症候群”て言うんだ。“眠れる森の美女症候群”ていう別名もあるみたいだよ。おれね、数週間ずっと眠ったままになっちゃうんだ」


は、と声に出せないまま、眉間に皺を寄せて固まる。

突拍子もなくて、現実味もなくて、あまりにも理解しがたい事だった。ハルカの言っている意味はちゃんと理解しているけれど、頭が付いていかなかった。


「……え、だって。じゃあもしほんとなら、ごはんもトイレもいけなくて」


「死ぬじゃん」と続けそうになって言葉を止めた。

自分の言葉を頭の中でも繰り返し、一層困惑する。


「おれもよく分からないんだけど、お医者さんが言うには、トイレもごはんも夢遊病みたいな感じですませているんだって」


ハルカはなんともないような顔で言った。

わたしは、でも、じゃあ、とくりかえし、その先の言葉が出てこなかった。


「おれ、そういう病気なんだ。だから、今回も長い間寝ちゃっててミクにお礼を言うのが遅くなっちゃった。ごめんね」