自転車のハンドルに頬杖を突き、適当に相槌を打つ。


「ルールその二、好きなもののことだけを考えます。嫌いなものは考えちゃだめ」

「……ふうん」

「そして最後の、ルールその三。これが一番大事だよ」


はいはいと聞き流しながしていると、信号が青に変わる。勢いをつけて自転車に飛び乗りまたペダルを漕ぎ始めた。


「ルールその三、相手の好きなものは好きになりましょう」


ひゅうんと耳元を風が通り過ぎる音と、ハルカの声が重なって聞こえる。

「分かった?」と聞いてきたハルカに私は返事をしないで、ただまっすぐに前を見つめたまま、きゅっと唇を結ぶ。

玄関を出たときの花の香りなんて意識したことがない。それに住んでいるアパートには花が植えられた花壇なんてないし、一日中裏の工場から出る煙の臭いしかしない。

ゴールデンウイークの最後の日だって、何もせずに終わってしまった虚しさと、明日から日常に戻ってしまう事実にがっかりするだけだ。

ハルカは何かと「あれが好き」「これが好き」ってよく言うけど、ハルカの「好き」を私が好きになることなんてきっとない。だってそもそも、私にはそれが見えないんだから。

私が見つけれる好きなものは「鶏の唐揚げ」が限界で、ハルカのように「玄関を出たときの花の香り」を好きになる以前に、きっと見つけることさえできないのだろう。