風の冷たい季節が過ぎ、5月に入った。

ハルカとの奇妙な出会いがあってから、もう二週間が過ぎた。あれから一度もあの家の前は通ってない。そもそもあの道は通学路じゃないし、わざわざ通る必要もないから。

強い日差しに目を細めながらパーカーを脱いで自転車のかごに放り込む。少し汗で張り付いた長袖のシャツを肘まで捲った。

私はこんな日にわざわざ出かけるようなアクティブな性格ではない。今日だって本当は読みかけの小説とクラスメイトにおすすめされたドラマの撮り溜めを見ようと思っていた。

けれど訳あって、私は今日一日家に帰れなくなってしまった。


『未来ちゃん、今日は家にいるの?』

『ええ。先に言うと逃げられちゃうから』

『でも未来ちゃんの気持ちを優先すべきじゃないかな』

『それは分かってるんだけど、やっぱり一度ちゃんと話してほしくて』


音がよく響くボロアパートの廊下側に位置する私の部屋は、誰かが階段を登ってくる足音すらもよく拾う。

そのおかげで階段を登りながら会話するお母さんともう一人の声をすかさずキャッチし、聞こえるや否や鞄に荷物を詰め込んでキャップを深く被り部屋を飛び出した。

私がドアを開けるのとお母さんがドアを引いたのはほぼ同じタイミングだった。


『未来! どこ行くの?』

『友達と約束。夜まで帰らないから』