「おれん家、このへん」


その声と共に、ふっと背中の重みが消えて軽くなる。荷台がもぞもぞと動く感覚にぎょっとする。


「ちょ、飛び降りないでよ!」


前を向いたまま、慌ててそいつの白いシャツを後ろ手に掴む。

ゆっくりと道の隅に自転車を止めてからシャツを離した。荷台の重みがなくなった瞬間、少し自転車が揺れる。


「うん、ここからなら分かるよ」

「ここからならてか……もう目の前じゃん」


クリーム色の煉瓦の家を指さしてあきれ気味に言った。


「ああ、うん」


家を見上げながら曖昧に笑ったそいつ。変な奴、と眉を顰めた。


「送ってくれて、どうもありがとう。でも急いでたんだよね。ごめんね」


最後にちょっと申し訳なさそうな顔をしたそいつに「は?」と聞き返す。


「だって初めて会ったとき、急いで走ってるみたいな顔だったから」


目を見開く。言葉に詰まった。

意味がわからない。そもそも急いでなんかないし、何なら機嫌よく本屋から出てきたところだった。

それなのになぜか胸の内側を暴かれたような、無性に逃げたい気持ちになる。

「別に」と目を逸らして急いで自転車に跨った。ハルカが一歩前に出た。


「おれ、ハルカ。遥か彼方の“ハルカ”」

「遥か彼方のハルカ……」

「うん。君の名前は? おれに教えてよ」


そいつ────ハルカは私に向かって手を差し出した。


「……未来」

「ミク?」

「うん、そう。未来のミク。じゃあもう行くから」