小説はファンタジーもので、主人公が自分探しの旅をする話だった。

旅先で出会う人々との心温まる交流や、主人公に襲い掛かる試練の数々をとても丁寧に、そして柔らかな文章で書き綴っていた。

どこか懐かしさを帯びた文章と、ゆっくりと優しく穏やかに進むストーリーに浸りながら、私は最後の一枚をめくった。

ラストシーン。旅の末にたどり着いた夜空が映る湖を、小舟で進みながら主人公が想いを馳せる。


『きっと、わたしはいつまでも未来(みく)を想うのだろう』


目を瞬かせた。ルビの打ち間違いだろうか? しかし、こんなに大事なラストシーンで誤字があるなんて珍しい。

目を落としたまま冷めたコーヒーを飲む。しばらく地の文が続き、そしてまた主人公の感情が綴られる。


『ああ願わくば、未来(みく)に希望が満ち溢れますように。わたしは、いつも笑顔でいる未来(みく)がいい。』


思わずそこで目が留まってしまう。また未来のルビが『みく』になっている。片手に持っていた紙コップをデスクの上に置いて、眉間にしわを寄せながら『未来(みく)』の文字をそっと指でなぞった。じんわりと胸の中に広がるのは、心地よい温かさ。


『ああ、未来(みく)に幸あれ』


その一文を読んだその瞬間、胸に熱い何かがこみ上げてくる。

困惑を残したまま、【完】の文字を目で追った。
どういうことだろう、やはり最後まで未来はみくだった。