「お前今月かなり残業してんだろ、今日くらいさっさと帰れよ」


すっかり日も暮れた頃、ジャケットを羽織った先輩が私の肩を叩いて「お疲れさん」と帰っていった。

スマホの画面を叩くと、もう定時から三時間も過ぎている。そして通知欄にはお母さんからのメッセージが届いているのに気がついた。

椅子にもたれかかって執務室を見渡す。いつの間にか残っているのは私一人だけだった。

一つ大きくのびをしてメッセージアプリを立ち上げる。電話マークを叩いて耳に当てると、五度目のコールで繋がった。


「もしもしお母さん?」

『未来?』


電話後しですら声が弾んでいるのが分かった。


『どうしたの? 何かあった?』

「お母さんからメッセージ来てたのに気付いて、とりあえず電話したんだけど」


スマホを肩と耳の間に挟みながらデスクの隅に寄せられた茶封筒の束に手を伸ばす。最近行われた児童書の新人賞の応募原稿だ。


『そうだったのね。ほら、来週のお父さんの誕生日会のこと話したくって』

「あー……もうそんな時期だったか」

『薄情な子ねぇ』


お母さんの呆れた声に苦笑いを浮かべる。