「すき焼きの焦げかけたお豆腐」
私たちが風を切る音と共に、ハルカの優しい声が耳に届く。
ああ、たしかにタレが染みてて美味い。そう同意すれば、「そうでしょ、そうでしょ」とハルカは得意げに笑ったのが背中越しでも分かった。
「ふ、ふ……フリージア。花の名前ね、知ってる?」
「知ってるよ、水仙に似ている可愛いお花でしょ。お母さんがこの前、庭の花壇に植えてた。……あ、あ、新しい石鹸の、表面を使うとき」
「あ、それ分かる! 私も好き。表面の模様がなくなっていくのって、なんとなく気持ちいいよね」
そんな風に好きなものしりとりをしながらただひたすらに夕日に向かって進んでいると、気が付けば私たちは全く知らない街へ来ていた。
「あっ、見てよミク。あの看板、犬の字のテンの部分がにくきゅうになってる」
嬉しそうに声をあげるハルカに、「分かったから暴れるな!」と叫ぶ。
ハルカはお構いなしに、私の服を引っ張って「ね、見に行こう。犬のにくきゅう見に行こう」と声を弾ませる。ハルカが指差す方へハンドルを切った。
自転車を止めた瞬間、ハルカは荷台から飛び降りて一目散に走りだす。
先に行ってしまった背中に溜息を零しながらゆっくりと向かえば「わあっ、ミク早く来て」とまた急かされる。看板の前にしゃがみ込んでいるハルカに小走りで近寄れば、急かしてきた訳が分かった。
真っ白な毛並みに、まるで狸の置物のような丸くて大きな図体。真ん中にきゅうっと寄せ集められたようなくちゃくちゃ顔の、お世辞にも可愛いとは言えないデブ猫が犬の看板の前にどっしりと座り込んでいた。
犬の看板の前に猫って。いや、というかそもそもこの生き物、猫であってるよね? まさか犬なんて言わないよね。
────ブナァン……。