そう言って私はトートバッグに入れていたノートとボールペンをハルカの胸に押し付けた。ハルカは慌ててそれを受け取る。


「小説? おれが……?」

「だってハルカ、本好きなんでしょ? ちょうどいいじゃん」

「でもおれ……小説なんて書いたことないよ」


ハルカが困ったように眉を寄せてノートを見る。


「『強くて賢くて、伝説に残る偉大な魔法使いたちを思い浮かべてみて。彼らだって最初は私たちと同じ、何も知らない一人の学生だったんだ。』」


それ、とハルカが顔を上げる。

前に自転車に乗りながらハルカのおすすめ小説を聞いた時、教えてもらったファンタジー小説の主人公のセリフだ。

自分が魔法使いだと知った少年が魔法学校に入学して仲間たちと共に悪の魔法使いを倒す物語だ。

分厚くて読む気になれないでいたけれど、ハルカにおすすめされてからちゃんと読んでみた。

そのセリフに感動した私は、一言一句間違えることなく暗唱できるほど読み込んだ。


「偉大な小説家も伝説の勇者も今の私たちと同じところから始まったんだって思ったら、なんでもできるでしょ?」


行こう、ともう一度ハルカに手を差し出した。

ハルカは俯いたまま何も言わない。やがてくるりと私に背を向ける。

その背中にぎゅっと胸が締まった。鼻の奥がツンとして目尻が熱くなる。

伝えたいことは全部伝えた。でもハルカには届かなかった。閉ざされた城の門は私には開くことはできないんだろうか。