テーブルの隅に寄せていたお父さんの小説に小指が触れた。私が主人公の私の物語。
お父さんと二人でお使いにいった時に、私が水溜りに飛び込んで遊んでいたのを見て書き始めた物語だって言っていた。
だからこれは私とお父さんの思い出が詰め込まれた話。
ハルカにも、そんな思い出があればハルカにも────。
次の瞬間、私は勢いよく立ち上がった。
「高木さんありがとう……! 私ちょっと行ってくる!」
「あ、こら! 門限もう過ぎてるでしょ?」
「今日だけ見逃して! すぐに帰ってくるから、お母さんには上手く言っといて!」
リビングを飛び出して、椅子の背にかけていたトートバッグに新しいノートとボールペンを詰め込んだ。
上着に手を通しながらバタバタと玄関へ走る。
「せめてスマホはちゃんと持っていって!」
高木さんが慌てて玄関まで追いかけてきた。私のトートバックにスマホをストンと入れた。ちょっと呆れたような顔をして笑っている。
「遅くなり過ぎないでね。あと、ハルカちゃんによろしくね」
「え? ハルカは男だよ」
「え?」
目を瞠った高木さんに「行ってきます!」と声をかけて飛び出した。
自転車に飛び乗ってイバラの森の塔を目指す。
空は東の空にいくつか星が登っていた。短く息をしながら必死にペダルを回す。もう、息苦しくはない。