いずれは新しいビルの建設や都市開発に携われると思って承諾したものの、柘植の木団地の住民とかかわるうちに、そして、サ店のマスター須崎祥一さんの淹れる美味いコーヒーと人柄に惹かれていくうちに、再生課で本当にやるべきことみたいなものが見えてきた気がするんだ。
だから、実家へ戻るのはもう少し先延ばしにして、ここで、頑張ってみようと思う。福留さんみたいに孤独を選んでいた人が、ここも悪くないなと思ってもらえるように。松木さんも安心して何度でも新しいスポンジを買いに行ってもらえるように。松木さんの娘さんも、美久ちゃんを連れてちょくちょく来てもらえたら嬉しい。いずれはこの団地に住んで、美久ちゃんもこの団地で育ってくれたらなんて思ったりもする。
森本さんや林さんみたいに、この仕事を通してだれかに寄り添える人が、ここにはたくさんいるから。
そして、今までこの団地の住民の支えになってくれた前島さんに、再生した団地の写真を送りたい。
『再生課の計画が軌道に乗りました』と手紙を添えて。

「その時は挽いたモカの粉も一緒に送りましょうか。淹れ方の説明書を同封して」
「わ、マスター。俺なんか独りこと言ってました?」
「はい。えらく大きな声で」
 窓際の席でイヌツゲの木を見ていたら、いつの間にか一人で喋っていたらしい。店内にいる常連のお客さんたちがくすくすと笑っている。
「再生くんたら、仕事忙しすぎてちょっと疲れてるのよ」
「マスター、再生くんにおかわり淹れてやってくれ。俺の奢りだ」
「皆さん、すいません」
 優しい柘植の木団地の住民に再生くんと呼ばれるのも慣れた。ははは、と頭をかいて店内に頭を下げる。

 大きな間違いのない人生、選ばなくても勝手についてくるレール。もがくことも疑問を持つこともなかった。
 再生課に所属してから、そんな毎日の繰り返しの中に変化が生まれてきて、戸惑ったりめんどくさいと思ったり、変わらなきゃと思ったり。どう解決したら正解なのか分からないことばかりだ。

「無理に解決しようとしなくてもいいんだと思いますよ」
 淹れたてのマンデリンが目の前に置かれた。見上げると、須崎さんの少し照れたように小さく笑う顔があった。

「僕もここへ来て、いろいろと心境に変化がありました。いまだに戸惑うこともこれで良いのかと思うこともあります。一人でやれる限界、周りに助けてもらうことの遠慮、昔のトラウマやしがらみ。ぐるぐると頭を回ることが良くあります」
「マスターがですか?」