厚揚げの卵とじをもぐもぐしながら、俺は林さんの顔を見た。林さんは、「そうなるかもしれないなぁってちょっと思ってはいたのぉ」といつもと同じのんびりした調子で言った。顔は少し淋しそうだ。前島さんにやり込められて、ごめんなさぁいと謝る林さんのやりとりが思い浮かぶ。
「り、こん?」
ようやく口の中のものを飲み込み、林さんに聞き返した。美久ちゃんを見つけたあと、前島さんの話が途中で終わってから一週間。別の案件が忙しくて、団地とサ店には一度も行けていなかった。
「私と林さんがサ店でお茶会をしていた時に前島さんがいらっしゃって、ようやく決心がついたのよとおっしゃっていたのです」
風邪が治ってすっかり元気になった森本さんが、俺の代わりに団地関連のルーティンワークをしてくれていた。その時に時間を合わせて、林さんといつものオタクお茶会をしたのだろう。
そうか、前島さんがずっと言い淀んでいたのはこのことだったのか。合点がいった。ご主人との生活を我慢して暮らすという選択も出来るけど、それを選ばないという人生を選んだ。
柘植の木団地から前島さんがいなくなっちゃうのは淋しいことだけど、前島さんがそれで前を向いていけるのなら、それもまた再生のひとつだ。
この団地にまた戻ってきてもらうだけが再生の仕事じゃない。ここから旅立っていけることもまた再生なんだと前島さんは教えてくれたんだと思うし、須崎さんはたぶん最初から分かっていたんだろう。
「そっかぁ。でも淋しくなりますね」
「そうねぇ。文句は言われなくなるけどねぇ」
「ああ、そうだ。前島さんから手紙を預かっています、再生君あてに」
「俺あて?」
「口で言うとさみしくなっちゃうからと。マスターにも同じように手紙を書いたらしいですよ」
手紙は須崎さんと俺あてで、良いコンビを見せてくれてありがとうという感謝の言葉とともに、一匹の猫の写真が添えられていた。
『実家で飼うことになった猫ちゃんの名前、モカにしました』
大川組というゼネコンから出向して、津下市役所にある柘植の木団地再生課で働きはじめて、三年経つってさ。三年前の大川航平よ、信じられるか?
空き家のリノベーションをしたり有効な活用法を考えたり。ファミリー層が住みやすくするために、もっとお偉い役所へ行って頭を下げたり企業を誘致したり。とにかくやることが多岐に渡る忙しい部署で、始めはめんどくせぇと思ってたよな。まぁ今もだけど。
「り、こん?」
ようやく口の中のものを飲み込み、林さんに聞き返した。美久ちゃんを見つけたあと、前島さんの話が途中で終わってから一週間。別の案件が忙しくて、団地とサ店には一度も行けていなかった。
「私と林さんがサ店でお茶会をしていた時に前島さんがいらっしゃって、ようやく決心がついたのよとおっしゃっていたのです」
風邪が治ってすっかり元気になった森本さんが、俺の代わりに団地関連のルーティンワークをしてくれていた。その時に時間を合わせて、林さんといつものオタクお茶会をしたのだろう。
そうか、前島さんがずっと言い淀んでいたのはこのことだったのか。合点がいった。ご主人との生活を我慢して暮らすという選択も出来るけど、それを選ばないという人生を選んだ。
柘植の木団地から前島さんがいなくなっちゃうのは淋しいことだけど、前島さんがそれで前を向いていけるのなら、それもまた再生のひとつだ。
この団地にまた戻ってきてもらうだけが再生の仕事じゃない。ここから旅立っていけることもまた再生なんだと前島さんは教えてくれたんだと思うし、須崎さんはたぶん最初から分かっていたんだろう。
「そっかぁ。でも淋しくなりますね」
「そうねぇ。文句は言われなくなるけどねぇ」
「ああ、そうだ。前島さんから手紙を預かっています、再生君あてに」
「俺あて?」
「口で言うとさみしくなっちゃうからと。マスターにも同じように手紙を書いたらしいですよ」
手紙は須崎さんと俺あてで、良いコンビを見せてくれてありがとうという感謝の言葉とともに、一匹の猫の写真が添えられていた。
『実家で飼うことになった猫ちゃんの名前、モカにしました』
大川組というゼネコンから出向して、津下市役所にある柘植の木団地再生課で働きはじめて、三年経つってさ。三年前の大川航平よ、信じられるか?
空き家のリノベーションをしたり有効な活用法を考えたり。ファミリー層が住みやすくするために、もっとお偉い役所へ行って頭を下げたり企業を誘致したり。とにかくやることが多岐に渡る忙しい部署で、始めはめんどくせぇと思ってたよな。まぁ今もだけど。