実家へ帰るのは久しぶりだった。去年の正月以来か。今年の正月は課長と一緒に動いていた案件が忙しくて帰る気にならなくて、サ店の常連さんたちとちょっとした正月祝いをして終わりだった。
 前島さんが煮しめや昆布巻きなんかを作ってくれて、弁当屋さんも伊達巻を差し入れてくれた。
 シメは、もちろんマスターの淹れるコーヒー。ミスマッチといえばミスマッチだけど、喫茶柘植の木団地らしいといえばらしくて、俺と一緒に呼ばれた森本さんも気分転換だとはしゃいでいた。
それ以外はほぼ休み返上で頑張った結果、大手商業施設の誘致という大仕事がひとつまとまり、ようやく一息ついたところで親父から電話があった。
「航平、話があるから一度こっちへ戻れないか」

 降り立ったホームにある立ち食い蕎麦の店で、一番安いかけ蕎麦をすすり小腹を満たしたあと、簡単な土産物を買った。取引先やお客さんからも必ずもらう定番品だけど、買って間違いのないやつ。

 津下市からターミナル駅へ出て新幹線で一時間半のところにあるのが、大川組本社のある地方都市だ。そこからさらに在来線で三十分。工業や産業の強い街に、俺の実家兼大川組はある。
祖父の代から企業して親父があとを継いで、いずれは俺もこの会社に入ることが決まっている。再開発にも関係があるから、と親父の大学時代の後輩である津下市役所の課長のもとで出向という名の勉強を始めてから三年か? 
そっか、もうそんなに経つのか。ビルやマンションだらけの景色から、だんだんと畑や工場の広がる景色に、車窓が変化していくのを見るとはなしに見ながら俺は思った。

 再生課に配属されて、正直最初のうちは不満だらけだった。いずれ再開発にも携わってもらうと言いながら、まあ実際課長が大変で頭下げ要員が欲しかっただけだったのだろうけど、ちっとも将来の仕事に役立ちそうな案件は任せてもらえず、団地の修繕や住民募集のアイディア出し、反対派との折衝ばかりに追われて、つまらないとさえ思っていた。

そんな俺に変化をくれたのは、一杯のコーヒーだった。

 団地内の空きスペースを活用して新しい事業を始めるというプロジェクトに参加してくれたのが、喫茶柘植の木団地のマスター、須崎さんだ。
 表向きはみんなと同じようにマスターと呼んでいるけど、俺の中で何となくその方がしっくりくるので、こっそり須崎さんと呼んでいる。