柘植の木団地再生課に配属されて一ヶ月経つが、再開発のサの字も出てこない毎日。そして今俺の前にある書類は、「柘植の木団地チャレンジプロジェクト応募用紙」の紙の束。

 「今からこの人たち全員と面談するので、同席お願いします」
 銀縁の眼鏡をカチッと上げて、再生課の先輩、森本さんがいつもの早口でまくし立てた。だいぶ聞き取れるようにはなったが、最初は全くついていけなかった。森本さんの机の上には、新作アニメのデフォルメフィギュアが整然と並んでいる。バリバリ仕事をしていたかと思うとそれらを眺めてほっこりしていたりする。ちょっと謎の女性だ。

 森本さんはバサッと紙束を置くと、返事も聞かずにさっさと部屋を出て行ってしまった。俺はまた自分と関係のなさそうな仕事にため息をつきつつ、パラパラと紙束をめくった。 
 えっとなになに、目的。高齢者のためのパソコン教室、なるほど。ハンドメイド雑貨を売りたい、ふうん。喫茶店、わらび餅のお店、へぇうまそ。応募用紙のそれぞれに利用目的、簡単な販売計画などが書かれている。柘植の木団地の空き部屋再利用の一環として、この「チャレンジプロジェクト」を打ち出したのが森本さん。なるほど、これだけの人が応募してきたということは、このプロジェクトに需要があるということか。森本さん、やるなぁ。俺は椅子の背もたれに寄り掛かっていた上体を起こし、改めて書類を見直した。

 柘植の木団地の空き部屋を割安で貸し出す、改装費用の補助をする、これを機に何かチャレンジしてみたい人の夢のあと押しをしますよ、という謳い文句はインターネットや広報を通してけっこういろんなところまで広まったらしい。
 税金の滞納をしていない、必要な許認可を受けている、など一定の条件を満たしていれば、津下市民でなくても応募可能だ。遠くから面談にやってくる人もいて、柘植の木団地にも再生プロジェクトにも興味の湧かない俺でも、面談の同席には少し興味を引かれた。

「大川君、早く会議室の準備手伝って下さい」
 入り口からまた早口が飛んできた。
「はい、今行きます」
 俺は書類をひとまとめにしてファイルに挟んだ。どんな人が空き部屋を活用するんだろうか。

「今日は一階の集会所の利用希望者が集まりましたが、大川君の印象を聞かせて下さい」
 面談を終えて、そのまま会議室でミーティング。森本さんはなぜだかハイテンションで、早口がさらに早口になっている。
「飲食関係が多かったですね。あまり目新しさがないというか」
「気づきましたか、大川君。須崎シェフです」
「は?」