いつもの口下手な須崎さんがますます口数少ない。これは何か理由があるのだろうな。俺もそのあたり、空気が読めるようになってきた。これは、俺から聞かない方が良い案件だと。

器具を布巾で磨いていた須崎さんが、ゆっくりと口を開いた。
「前に勤めていたビストロで、一緒に働いていたことがあるんです」
「ああ、マスターが辞めたあの……」
「はい」
 以前須崎さんから聞いたことがあった。お店が有名になったのは自分のおかげだと天狗になっていると噂され、店の空気が悪くなったので自分が辞めたと。
「あ、もしかしてその噂を流したのが、大迫さん?」
「いえ、噂はだれが流したのかは分からないままです。ですが大迫君も、僕に対する態度が変わってしまった仲間のひとりではあった。切磋琢磨し合った仲だったので寂しい気持ちではありました」
「そんな人がこのサ店に来て、追い出さなかったんですか?」
「実は僕もずるいことをしているんですよ。初めて大迫君がこの店に来た時に、知らないふりをしてしまったんです。おそらく彼は僕が気づいていることを知っています。それで、こんな妙な距離感になったままなんです」

 須崎さんは普段は口下手で、自分のことを褒められたり注目されたりするとしどろもどろになってしまう。他人のことになるとじっちゃんかじっちゃんの孫かトリプルフェイスかってくらいにいろんなものが読めるくせに、自分のことになると途端に不器用になってしまうのだ。
「それにしても、どうして大迫さんは柘植の木団地に住んでるんですか? ってまぁ昔から住んでたんなら当たり前ですけど」
「切磋琢磨し合っていた頃に、津下市の出身だとは聞いていました。だけどまさかここに住んでいるとは思わなかった。偶然っていうのはあるものですね」
「大迫さんは、今もそのビストロでシェフを?」
「それはよく分からないんです」

 そうか。これはちょっと簡単に仲直りというわけにはいかなそうだ。大迫さんはちょくちょくこの店に来ているんだから間違いなく須崎さんと仲直りしたいんだろうし、きっと須崎さんもここでサ店を開いて団地の人と交流するようになってから、気持ちが変わっているに違いない。
 そこまで考えて、俺は自分の妄想を手で振り払った。ガラじゃないし、俺には須崎さんみたいなことはきっと出来ねぇわ。
「どうしました、急に暴れたりして。トーストとサンドイッチ、アイスコーヒーです」
「な、何でもないっす。いただきます!」