楽し気な須崎さんと苦笑いする俺。カウンター越しに同じコーヒーを飲むと、どちらからともなく、お互いに頷き合った。

 とはいえ、合同案件が終わってしまった以上、福祉課にいる林さんとの接点は見つからない。セッティングをお願いって須崎さんには頼まれたものの、俺に一体何が出来るというのか。
「もぐもぐもぐ……あ、旨い」
 森本さんと早めの昼メシを職員食堂でとってからというもの、日替わり定食の旨さが分かっちゃった俺だ。並ぶ情熱までには及ばないが、旨いメシを食ったらモチベーションが上がるのも頷ける。
 今日は白身魚の黒酢あんかけ定食。白身魚や大きめの根菜にからんだ餡の味付けが好みだ。副菜や汁物もついているので、満足感が高い。

 午後からちょっと厄介な相手との面談だから、昼メシをここで食えてよかったな。
 いまだに団地のリノベーションに対して反対意見はある。確実な見通しが立たないのに決して安くはない予算を付けられない、もっともな話だ。
 メインで対応するのはうちの課長だが、俺もリノベーションや再生プロジェクトを経て、いずれは実家であるゼネコン大川組に戻り、磨いた手腕を発揮しなきゃいけないからと、課長から同席のご指名を受けた。
 いやでも、こういう交渉事こそ森本さんの方が得意なわけで、さすがの俺でも申し訳ないような気持ちになっている。それに、何となく俺自身「再生色」に染まってきているというか、会議室にこもっているより現場に出た方が楽しい……んだよなぁ。
 
 配属されたばかりの頃の俺は、およそそんなことを思うなんて想像もしていなかった。住民の気持ち、店主の気持ち、同僚の気持ち……他人の気持ちなんて考える必要もないと思っていたから。だって他人じゃん。分かるわけないじゃん。
 だけど須崎さんは、それを「お互い様」だと言っていた。分からないながらも、誰かの困りごとやしがらみに寄り添うことで、自分もまた救われる。縁とはそういうものだと。

 俺には、これと言って困ってきたことはない。見栄えが悪いと言われたこともないし、金に苦労したこともない。就職だってとんとん拍子で、出向が終われば親の会社を継ぐことは決まっている。何かを深く考えたこともなく、面倒くさそうなことからは逃げてきた。
 その「困ってこなかったこと」が、今俺の中で少しずつ困ったことになってきているのだ。
 チャレンジしてみたい、変わってみたい。こんな気持ちになったのが初めてなもんで、困っている。
「うーむ」

「何を唸ってるんです? お腹が一杯ならデザートの黒ゴマプリン、代わりにいただきましょうか?」