だが、この団地にかかわる人々はそうじゃない。切り捨てられないしがらみを何かしら背負っているらしい。福留さんも須崎さんも、サ店の常連客も、市役所の面々だって思うところがあるから、こんな仕事引き受けるのかもしれない。

 ……やっぱりめんどくせぇ! ああすればこうすればと考えるのなんて、ほんとめんどくせぇよ。

「福留さん。正直に言いますと、福留さんがうん、と言ってくれれば柘植の木団地再生課としての実績に繋がるのでとても助かるんです。福留さんが今まで払ってきた税金の還元ですから、他人の金でもありません。当然の顔をして受け取ったら良いと思います」

 福留さんと須崎さんは、いささか強引に始まった俺の演説に目を丸くして聞いていたが、聞き終わって少ししてから、ふたり顔を見合わせてぷっと吹き出した。

「あっはっは、若い人はストレートでいいやね」
「そうですね。考え過ぎは良くないですね」

 さすがに言い過ぎたかなとも思ったが、二人は前向きに捉えてくれたようだ。

「良い団地だと思いますよ、ここは」
 立ち上がる福留さんに手を貸しながら、須崎さんが噛み締めるように言った。福留さんも穏やかな声で、
「そうさな。再生ってのも悪くないもんだ」
 と返す。

 二人にとってこの団地は良いところ、なのか。
 団地を再生する。俺の仕事について何か引っ掛かるような思いが、ふとよぎった。

「再生くんよ、お前さん良い仕事してんな」
「ちょっ何ですか福留さん。再生くんて!」
「良いですね、柘植の木団地の再生くん」
「ええっ止めて下さいよ、マスターまで!」
 二人におかしなあだ名で揶揄われ、俺は情けない悲鳴を上げた。

「福留さんが行政サービスを拒んできたのは、亡きご友人や、やり残してきた仕事への拭いきれない罪悪感のせいだったようですね」

 福留さんが、考えてみるさと言い残して帰ったあと、テーブルを片付けながら須崎さんが言った。そろそろ閉店を迎える時間だ。

 自分の使ったコーヒーカップをカウンターへ戻しながらふと思う。
 福留さんは親友の気持ちを分かってやれかったと後悔していたが、他人の心を読み取るなんてそんなの無理に決まってる。言われなきゃ分からない。

「福留さんもご友人も、気持ちを口に出して伝えるタイプではなかったのかもしれませんね」
 俺の考えを読んだかのように須崎さんは言った。
「え?」
 俺はついまじまじと須崎さんの顔を見てしまった。口下手だと本人は言うが、他人の気持ちを察するのはめちゃめちゃ得意なんじゃないか、この人。接客のプロであるという以上のものを感じる。