柘植の木団地は、昭和四十八年に竣工された当時最先端をいく都市計画の目玉で、完成当時は団塊世代のサラリーマン家庭がこぞって入居を希望したものの、抽選倍率が上がりすぎて傷害事件が起こったとか起こらないとかってくらい人気の地区だったそうだ。

 そんな柘植の木団地も、今や入居者の多数が高齢者。
 
 柘植の木団地を囲むように開発されるはずだった地下鉄の新路線計画が、やるやると言いながら実現しないまま頓挫したことで、鳴り物入りで建設されるはずの大きなショッピングセンターや移転予定の大企業が、計画半ばで撤退してしまったのだ。
 メリットの減った街から次第に人は離れ、当時は子どもの声で賑わっていただろう小学校や中学校もひとつふたつと廃校、統合。残念ながら次の世代まで未来へのレールは繋がらず、柘植の木団地は、日本の中心地にありながら「陸の孤島」になってしまった。

 住む人が減れば、当然治安も悪くなる。高齢者を狙った空き巣や犯罪、だれにも連絡出来ないまま病気や怪我に倒れる独居老人問題。行政も残念ながらすべての住民には目が行き届かない。
 住み慣れた柘植の木団地を離れて、子どもの元へ身を寄せる人も増えた。まぁ当然のことだろう。老いていく父母が治安の悪いところで一人暮らしなんて、身内としては心配だ。
 結果、柘植の木団地にはますます空き家が増えてしまい、残るは様々な事情でここを離れられない高齢者ばかりなり、というわけだ。

 行政は考えた。住みたいと思ってもらえる街づくりをもう一度しようじゃないかと。住む人が増えれば再び活気が戻る。人の目や繋がりも増える。
 そうして津下市役所に「柘植の木団地再生課」が発足した。民間企業と共同で空き家のリノベーションを行い、若い世代を誘致する。公共機関や学校などの周辺環境を整え、ファミリー層が住みやすくする。スムーズな人の流れを作り出せるよう有識者の意見を聞きながら街並みを整備する、などなど。要は毎日あっちこっちと走り回り、頭を下げ、間に入り、説明をし、調整をする部署だ。そんな忙しい部署に、俺は一年前に配属された。

「あら再生くん。今日もサボりなの?」

 なんてコーヒーを飲みながらこの街に思いを巡らせていると、あまりカッコよくないあだ名で呼ばれた。サ店の常連の一人、前島さんだ。

「こんにちは、前島さん。今日も、って。サボりじゃないですよ。林さんと待ち合わせです」