電車の中は割と空いていたから、私と盛良くんは並んで座ることができた。
 
 乗ってしばらくは沈黙が続き、電車が揺れる感じながら、ぼんやりと窓から外を見る。
 18時にもなると、外は暗くなり始めていた。

「俺は気にしてねーからな」
 
 隣の盛良くんがポツリと言った。

「正直、俺はスカッとしたぜ。お前があの記者に水、ぶっかけたこと」
「……でも、そのせいでケモメンに迷惑をかけちゃって」
「だから、気にしてねーって」
「……」
 
 私を慰めるために言ってくれているのか、本心なのかはわからない。
 でも、盛良くんが気にしていなくても、私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。

「いいじゃねーか。あることないこと書かれたとしてもよ」
「……ダメだよ」
「それで潰れるようなら、そんなもんだったってことだろ」
「……私は嫌。ケモメンが解散するなんて」
「んなこと言って、解散して3ヶ月もすれば新しいアイドルの中から推しを見つけるんだろ?」
「そんなことない! ……私はずっと見てきたから」
「……」
「ケモメンが努力して、ファンを大事にして、ここまできたのを」
「お前は、俺たちがトップアイドルになれると思うか?」
「うん。なれるよ! なれるって信じてる!」
 
 私がそういうと、盛良くんはニコリと笑った。
 今まで見せたことない、優しい笑顔。
 それは舞台の上でも見たことのない、本当の笑顔だった。

 そして、盛良くんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「なら、最後まで信じろよ」
「え?」
「どんな記事を書かれても、俺たちは潰れない。……トップアイドルになるんだからな」
「……うん」
 
 信じてみよう。
 盛良くんを。圭吾を。望亜くんを。
 
 今、私にできることはそれくらいなのだから。
 
 
 
「今日一日、お疲れ様でした」
 
 盛良くんの家のドアの前。
 私は盛良くんに深々と頭を下げた。
 
 盛良くんのおかげで、なんとか自分の家に帰れそうだ。
 圭吾のいる家に。
 
 正直、今日だけはどこか友達の家に泊めてもらおうかと思ってくらいだ。
 どの面下げて、会えばいいか分からなかったし。

 まあ、赤井じゃなく妹として会うなら、気にすることじゃないのかもしれないけど、そうそう私の方が割り切れるものじゃない。
 
「それじゃ」
 
 そう言って、踵を返して歩こうとしたとき、肩を掴まれる。

「晩飯は?」
「え? いや、帰ってから食べるので……」
「ちげーよ。俺のだよ」
「えーっと、近くにコンビニが……」
「言っただろ。俺、食べ物に気を使ってるって」
 
 それ嘘じゃん!
 食べてたじゃん、コンビニのおにぎり!

「タレントの飯を用意するまでがマネージャーだから」
 
 そう言って腕をつかみ、強引に家へと連れ込まれる。
 
 いやー!
 なんで、そうなるのー!
 
 
 玄関で靴を脱がされ、キッチンに連行される。

「じゃあ、よろしく」
「えっと……。1通だけ家族にメールさせてください」
 
 今の時点で遅いのに、これ以上遅くなるとお兄ちゃんが心配する。
 友達の家で盛り上がっているから、もう少し遅くなるってメールを入れておかないと。
 
「なんだよ、門限でもあるのか?」
「そりゃ、まあ……」
「ガキかよ。てか、そういえば、お前、何歳なんだ?」
「え?」
 
 そういえば、何歳なんだろ?
 麗香さん、マネージャー赤井の年齢は何歳なんですか?

「おい、まさか、自分の年齢わからないとか言わないよな?」
「え、えーと、21……です」
「はあ!? 嘘だろ!? 俺より年上なの? 見えねー」
 
 でしょうね。
 実際は17歳ですから。

 さすがにサバをよみ過ぎたか?
 でも、働いてるってなったらなんか20歳は過ぎてた方がいいと思ったんだけど。

「世の中にはこんなガキくさい20代もいるんだな」
「はははは」
 
 誤魔化すために笑ってみたが、乾いた笑いになってしまった。
 
 とりあえず、盛良くんの夕食をササッと作って帰らないといけない。
 私は冷蔵庫を開けて、中を見る。
 
 何を作ろうか。
 意外と食材は揃っている。
 
 キャベツがあるし、ひき肉がそろそろ危なさそうだ。

 よし、ここはロールキャベツだ。
 
 ここで私はササッと作るという考えが抜け落ちてしまったのだった。
 
 
 下ごしらえをしていると、いきなり盛良くんが後ろに立った。

「なかなか、手際がいいんじゃねーの?」
「はは。ありがとうございます」
「けど、まあ、由依香さんには勝てねーけど」
「由依香さん?」
「あ、ああ……。友達だよ、友達」
 
 私の言葉に慌てるように、言い訳するように早口で言う盛良くん。

「なあ、赤井に聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「アイドルってどう思う?」
「どうって、どういうことですか?」
「いや、だからさ、女から見て、男としてのステータスになるのかなって、話」
「……それはまあ。女性の憧れる存在ですからね」
「そう……だよな。俺、間違ってないよな」
「……盛良くん?」
「あー、いや、なんでもねー。忘れてくれ。それより、手、止まってるぞ」
「あっ!」
 
 私は慌てて下ごしらえを再開する。
 すぐに作って、帰らないと。
 
 
「今度こそ、本当にお疲れさまでした」
 
 ドアの前で頭を下げる。
 あれから速攻でロールキャベツを仕上げた。
 
 お皿によそって、テーブルに置くと、盛良くんが「お前は食べねえの?」と言ってきたので、「もう帰らないと」と言って、そのまま玄関に来たわけだ。
 盛良くんは食べるのをやめて、見送ってくれる。

「なんなら、泊ってくか?」
「そそそそんなのマズいですよ!」
「安心しろって。圭吾と違って、手なんか出さねーよ」
「……いや、それでも第三者から見たらヤバいです」
「……そりゃ、そうか」
「じゃあ、帰ります」
「……ちょっと待て、送ってく」
「いや、それだと意味ないじゃないですか。タレントが帰るまでがマネージャーの仕事ですよね?」
 
 盛良くんが私を送ると、盛良くんが家に帰るために、また私が送るという無限ループに陥ってしまう。

「……気を付けて帰れよ」
「はい。ありがとうございます」
 
 私は盛良くんに頭を下げて、すぐにダッシュした。
 スマホを見ると、既に21時を回っていた。
 
 家に帰るとお兄ちゃんが心配して、家の外で待っていたのだった。