ジワリとマスクが赤く染まっていくのがわかる。
 
 危ない。
 マスクをしてなかったら、布団を血で汚すところだった。
 
 私は心を落ち着かせるために、一旦、振り向いて息を整える。
 心臓の鼓動の勢いがマジでヤバい。
 
 まさか、いきなりのラッキースケベに遭遇するとは思わなかった。
 
 上半身だけでこの破壊力。
 もし下まで脱いでいたら、即死だった。
 
 大丈夫。落ち着いて、私。
 ここは致命傷で済んだんだからラッキーと考えるべきだ。
 
 こういうときはお兄ちゃん……圭吾の笑顔を思い出して、気を紛らわせよう。
 
 ……。
 
 余計、鼻血の量が増えただけだった。
 
「何やってんだ、お前?」
 
 突如、真後ろから声がする。
 同時に、肩を掴まれ無理やり振り向かされた。
 
「んー?」
 
 盛良くんは目を細めて、顔を近づけてくる。
 
 うわー! 近い近い近い!
 
「なんだ、赤井か」
 
 パッと顔を離してくれる盛良くん。
 どうやら結構な近眼らしい。
 いつもはコンタクトをしてるのかな?
 
「……てか、なんで、お前が俺ん家いんの?」
 
 まだ寝ぼけてるせいか、半分目が閉じている。
 
「麗香さんに頼まれて……って、上、着てください!」
「んん? ああ、そっか。いや、この時期暑いからさ、寝るとき、上半身裸なんだよね」
「いいから早く着てください!」
「ったく、ガキかよ」
 
 盛良くんはクローゼットではなく、私の横をすり抜けて部屋を出ていく。

「ちょっと、どこ行くんですか!?」
「洗面所。顔洗うんだよ」
「いや、先に上、着てくださいよ」
「あん? 濡れたらまた着替えないとならないだろ」
 
 私の言うことを無視して、スタスタと歩いていく盛良くん。

 いや、濡れるって……顔洗うの下手かよ。
 
 
 
「……コンビニじゃダメなんですか?」
「俺、食べ物には気を使ってんの」
 
 上にシャツを着た盛良くんがソファーに座って虚ろな目をしながら言う。
 顔を洗ってもまだ完全に目が覚めてないようだ。
 麗香さんが言っていた、寝起きが悪いっていうのも頷ける。
 
 で、私は何をしてるかというと、料理をしている。
 盛良くんの朝食だ。
 
 一応、お母さんが再婚した頃から料理をするようになった。
 ほとんど、お母さんは家にいないし、お兄……圭吾にいつも作ってもらうというのも気が引けるからだ。
 だから、まだまだレパートリーは少ないが、そこそこの料理は作れる。

「できましたけど」

 私がそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、ふらふらしながらテーブルにやってくる。

「……パンとベーコンエッグって。ベタ過ぎだろ」
「いや、だって、材料なかったし。時間もないし」
 
 ホントは野菜とか肉も冷蔵庫の中にあった。
 最初は凄いの作って驚かせてやろうと思ったけど、失敗したら目も当てられない。
 ……まだまだレパートリーは少ないし。
 だから、無難なトーストとベーコンエッグにした。
 これなら失敗しないし。

「パン、少し焦げてるぞ」
 
 うーん。失敗してたようだ。

「あ、ごめんなさい。すぐ焼き直しますね」
「いや、いいよ。別に」
 
 盛良くんはテーブルの上に出していたジャムを無視して、冷蔵庫からアンコを取り出してきた。
 何に使うんだろと見てたら、パンにめちゃめちゃ塗り出す。
 
 パンにアンコって合うのかな?
 あ、小倉トーストとかあるから、合うのか。
 そういえば、盛良くん、お汁粉が好きって言ってたな。

 アンコたっぷりのパンを豪快に食べ始める。
 ほんの数秒でパンが消えてなくなった。
 
 次にベーコンエッグに手を伸ばす盛良くん。

「お前、何派?」
「え?」

 一瞬、何の話かと思ったが、ベーコンエッグを見ているから、きっと何をかけるのかを聞いているんだろう。
 
「えっと、普通に醤油ですけど」
「つまんね」
 
 鼻で笑われてしまう。
 盛良くんはソースなのかな?
 塩やマヨネーズをかける人もいるらしいから、盛良くんもそのタイプなのだろうか。

「盛良くんは?」
「アンコ派」
 
 そう言って、目玉焼きにもアンコを乗せ始めた。
 
 ……そんな派は聞いたことがない。
 え? なに?
 目玉焼きに合うの? アンコ。
 
 冷蔵庫の中に大量のアンコがあるのは、こういうことか。
 
 っていうか、盛良くん、食事に気を使ってるって言ってなかったっけ?
 全然、気を使ってないよね?
 めっちゃ、糖分多いよ、それ。

「……お前、ホントダメだな」
「え? ベーコン、焦げてました?」
「ちげーよ。つまんねーってこと」
「つまらない?」
「お前、マネージャーだろ? こういうときはタレントを楽しませるもんだろ」
「……」
 
 ええー?
 マネージャーってそんな仕事だっけ?
 芸人じゃないんだから、急に振られても困る。

「なんかねえの?」
「えーっと、物マネとかすればいいんですかね?」
「ははは。いいね、やってみろよ」

 かなり恥ずかしいが、そうも言ってられない。
 ここは自信作で行こう。
 
 私はコホンと咳払いをして、声色を変える。

「君のハートを一噛みだ!」
 
 ふふ。決まった。
ちなみに、圭吾の決め台詞だ。
 もちろん、ポーズも付けている。
 我ながら会心のできだ。

「……キモ」
 
 心底嫌そうな表情をする盛良くん。
 
 ええー!
 自分で振っておいて、それはなくない?
 それに、圭吾の決めポーズをキモイって酷い!

「てかさ、お前、いい加減、それ取れば?」
 
 そう言って、持っていたフォークを私の顔に向ける。
 
 そうだった。
 実はまだサングラスとマスクをしたままだったのだ。
 
 ここには盛良くんしかいないし、葵の方の私のことを知らないのだから大丈夫だろう。
 
 私はサングラスとマスクを外して、テーブルに置く。

「……」
 
 ジッと私の顔を見てくる盛良くん。
 ちょっと、ドキドキする。
 圭吾は優男って感じだけど、盛良くんはドSな感じのイケメンだ。
 
「……お前さ」
 
 え? まさか、バレた?
 もしかして、圭吾、私の写真を盛良くんに見せてたとか?
 ヤバい!
 その可能性を考えてなかった!
 
 どうしよう?
 どうにかして誤魔化さないと……。

「ホント、ガキくさい顔してんな」
 
 そう言ってベーコンにアンコを巻いて頬張る盛良くん。
 
 まあ、そりゃ……その……。
 女子高生ですから。