熱狂の塊。
アイドルとファンとの一体感。
推しと一緒の空間にいて、推しと一緒に歌う。
これぞ、ライブの醍醐味。
「圭吾―!」
力いっぱい叫ぶ。
舞台の上で踊っている圭吾がチラリとこっちを見た――気がする。
いや、例えこっちを見たとしても、舞台とここの距離じゃ認識できないだろう。
まあ、認識されたら困るんだけども。
だから念のために最前列は避けている。
万が一があったら困るから。
最前列が当たった時は、現地で他のファンの人とチェンジしているのだ。
でも、声なら大丈夫。
届いても私だとわからないはずだ。
「圭吾――! 格好いいー!」
だから、精一杯叫ぶ。
声が枯れるまで。
地下アイドルグループ、ケモノメンズ。
通称ケモメン。
メンバーは圭吾、盛良、望亜の3人。
もちろん、私の推しは圭吾だ。
最近は人気も出てきて、認知度も上がってきている。
設立当時からファンだった私からしたら、嬉しいような嬉しくないようなちょっと複雑な心境。
純粋に人気が出ることは嬉しいんだけど、ライブチケットの競争率が高くなるし、箱が大きくなれば値段も高くなっていく。
高校生だと、万金は正直、厳しい。
今回のライブだって、バイト代を貯めてきたのだ。
本当はグッズも買い漁りたいけど、お金がないのと、グッズを大量に家に持って帰るわけにはいかないので諦める。
はー。でも、今日のライブも最高だった。
やっぱり圭吾は獣耳が似合う。
なんていうか、すごく可愛い。
そんな可愛い姿で踊って歌うなんて……萌え死にしてしまう。
ファーストフード店で、ポテトをかじりながら、記憶の中でライブをもう一度楽しむ。
このひと時も最高。
なんて考えていたら、外が暗くなり始めてしまった。
私は慌てて、家路へと急いだ。
家のドアの前。
私は深呼吸する。
気持ちをリセットするのだ。
この家に入れば、私は圭吾のファンであることは忘れる。
この家の中では、私は『妹』なのだ。
ガチャリとドアを開ける。
「ただいまー」
「お帰り、葵」
出迎えてくれたのは、エプロン姿の圭吾――じゃなかった、蒼お兄ちゃんだった。
それにしても可愛い。
ケモノ耳も可愛かったけど、エプロン姿も捨てがたい。
うう……。鼻血出そう。
って、いかんいかん。
気持ちを切り替えたばかりだというのに。
私は靴を脱ぐのを戸惑うふりをして顔を伏せて、にやけ顔を落ち着かせる。
すると、今度はいい匂いが漂ってきているのに気づいた。
「あれ? なんかいい匂いするね」
「カレー作ったんだよ」
「お兄ちゃんが?」
「ふっふっふ。今回はスパイスからこだわってみた」
ニッコリと笑って、ピースするお兄ちゃん。
……なんていうか、いちいち可愛いのをやめてくれませんかね?
ただ、お兄ちゃんが料理しているということは……。
「ってことは、またお母さん、旅行行っちゃったの?」
「今回はサイパンに1週間だってさ。親父と」
「……ったく! いつまで新婚気分なのよ!」
「ははは。まあ、実際、新婚だし」
そう。半年前にお母さんが再婚した。
まあ、お父さんが死んでから10年だ。
別にお母さんがお父さんとは他の人を好きになるっていうことに文句を言うつもりはない。
っていうか、お母さんには幸せになって欲しかった。
子供の私がこんなことを言うのは変かもしれないけど。
お母さんは美人だし、きっと多くの人に言い寄られてただろう。
本当は私が高校を卒業するまで待つつもりだったみたいなんだけど、私が説得したのだ。
私はもう大丈夫。
だから、お母さんは幸せになって。母親としてじゃなく女として。
そう言ったら、めちゃめちゃ泣かれてしまった。
で、半年前に入籍したわけである。
まあ、色々と我慢していたせいか、結婚してからは色々とお義父さんと旅行に出かけるようになったのだ。
「そのたびに、家事を押し付けられるこっちの身にもなってほしいよね」
「でも、俺は親父が、義母さんと結婚してくれてよかったと思ってるよ」
「え?」
「だって、こうして可愛い妹ができたんだからさ」
「ちょっ! お兄ちゃん、そういうこと真顔で言うの、反則だから……」
ポタリ。
思わず、鼻血が1滴垂れてしまった。
不意打ちだったので油断した。
幸い、お兄ちゃんには気づかれていない。
さっと、床に落ちた血を靴下でふき取る。
……お気に入りだったのに。
さらば、マイ靴下。
「それに、俺は家事好きだし」
「……うう」
笑顔でそういうお兄ちゃんの言葉に、私は思わず膝から崩れ落ちる。
「どうしたの、葵?」
「お兄ちゃん、家事、完璧だから、女の私の立場が……」
そう、そうなのである。
お兄ちゃんはイケメンで、優しくて、ちょっと抜けてて、家事ができるというパーフェクト超人なのだ。
「何言ってるんだよ。今時、女が家事をするなんて時代遅れだって」
やめて!
これ以上、私の男子へのハードルを上げないで!
お嫁に行けなくなっちゃう。
「それより、ご飯食べようよ」
「うん。じゃあ、着替えてくるね」
ライブでヘトヘトなところに、お兄ちゃんのイケメンパワーにやられてしまった。
私のライフはもう0よ。
ガチャリとドアを開けて、自分の部屋に入る。
「……はあ」
思わず、ベッドに座り込んでしまう。
半年も経つのに、この生活に全然慣れない。
ずっとファンだったケモメンの圭吾。
遠くから見て、憧れるだけの存在だった。
それが今は私のお兄ちゃんとして、一つ屋根の下で生活している。
そして、お兄ちゃんは自分がアイドルだということを私に隠している。
だから、私も隠さないといけない。
――私の推しがお兄ちゃんであることを。
アイドルとファンとの一体感。
推しと一緒の空間にいて、推しと一緒に歌う。
これぞ、ライブの醍醐味。
「圭吾―!」
力いっぱい叫ぶ。
舞台の上で踊っている圭吾がチラリとこっちを見た――気がする。
いや、例えこっちを見たとしても、舞台とここの距離じゃ認識できないだろう。
まあ、認識されたら困るんだけども。
だから念のために最前列は避けている。
万が一があったら困るから。
最前列が当たった時は、現地で他のファンの人とチェンジしているのだ。
でも、声なら大丈夫。
届いても私だとわからないはずだ。
「圭吾――! 格好いいー!」
だから、精一杯叫ぶ。
声が枯れるまで。
地下アイドルグループ、ケモノメンズ。
通称ケモメン。
メンバーは圭吾、盛良、望亜の3人。
もちろん、私の推しは圭吾だ。
最近は人気も出てきて、認知度も上がってきている。
設立当時からファンだった私からしたら、嬉しいような嬉しくないようなちょっと複雑な心境。
純粋に人気が出ることは嬉しいんだけど、ライブチケットの競争率が高くなるし、箱が大きくなれば値段も高くなっていく。
高校生だと、万金は正直、厳しい。
今回のライブだって、バイト代を貯めてきたのだ。
本当はグッズも買い漁りたいけど、お金がないのと、グッズを大量に家に持って帰るわけにはいかないので諦める。
はー。でも、今日のライブも最高だった。
やっぱり圭吾は獣耳が似合う。
なんていうか、すごく可愛い。
そんな可愛い姿で踊って歌うなんて……萌え死にしてしまう。
ファーストフード店で、ポテトをかじりながら、記憶の中でライブをもう一度楽しむ。
このひと時も最高。
なんて考えていたら、外が暗くなり始めてしまった。
私は慌てて、家路へと急いだ。
家のドアの前。
私は深呼吸する。
気持ちをリセットするのだ。
この家に入れば、私は圭吾のファンであることは忘れる。
この家の中では、私は『妹』なのだ。
ガチャリとドアを開ける。
「ただいまー」
「お帰り、葵」
出迎えてくれたのは、エプロン姿の圭吾――じゃなかった、蒼お兄ちゃんだった。
それにしても可愛い。
ケモノ耳も可愛かったけど、エプロン姿も捨てがたい。
うう……。鼻血出そう。
って、いかんいかん。
気持ちを切り替えたばかりだというのに。
私は靴を脱ぐのを戸惑うふりをして顔を伏せて、にやけ顔を落ち着かせる。
すると、今度はいい匂いが漂ってきているのに気づいた。
「あれ? なんかいい匂いするね」
「カレー作ったんだよ」
「お兄ちゃんが?」
「ふっふっふ。今回はスパイスからこだわってみた」
ニッコリと笑って、ピースするお兄ちゃん。
……なんていうか、いちいち可愛いのをやめてくれませんかね?
ただ、お兄ちゃんが料理しているということは……。
「ってことは、またお母さん、旅行行っちゃったの?」
「今回はサイパンに1週間だってさ。親父と」
「……ったく! いつまで新婚気分なのよ!」
「ははは。まあ、実際、新婚だし」
そう。半年前にお母さんが再婚した。
まあ、お父さんが死んでから10年だ。
別にお母さんがお父さんとは他の人を好きになるっていうことに文句を言うつもりはない。
っていうか、お母さんには幸せになって欲しかった。
子供の私がこんなことを言うのは変かもしれないけど。
お母さんは美人だし、きっと多くの人に言い寄られてただろう。
本当は私が高校を卒業するまで待つつもりだったみたいなんだけど、私が説得したのだ。
私はもう大丈夫。
だから、お母さんは幸せになって。母親としてじゃなく女として。
そう言ったら、めちゃめちゃ泣かれてしまった。
で、半年前に入籍したわけである。
まあ、色々と我慢していたせいか、結婚してからは色々とお義父さんと旅行に出かけるようになったのだ。
「そのたびに、家事を押し付けられるこっちの身にもなってほしいよね」
「でも、俺は親父が、義母さんと結婚してくれてよかったと思ってるよ」
「え?」
「だって、こうして可愛い妹ができたんだからさ」
「ちょっ! お兄ちゃん、そういうこと真顔で言うの、反則だから……」
ポタリ。
思わず、鼻血が1滴垂れてしまった。
不意打ちだったので油断した。
幸い、お兄ちゃんには気づかれていない。
さっと、床に落ちた血を靴下でふき取る。
……お気に入りだったのに。
さらば、マイ靴下。
「それに、俺は家事好きだし」
「……うう」
笑顔でそういうお兄ちゃんの言葉に、私は思わず膝から崩れ落ちる。
「どうしたの、葵?」
「お兄ちゃん、家事、完璧だから、女の私の立場が……」
そう、そうなのである。
お兄ちゃんはイケメンで、優しくて、ちょっと抜けてて、家事ができるというパーフェクト超人なのだ。
「何言ってるんだよ。今時、女が家事をするなんて時代遅れだって」
やめて!
これ以上、私の男子へのハードルを上げないで!
お嫁に行けなくなっちゃう。
「それより、ご飯食べようよ」
「うん。じゃあ、着替えてくるね」
ライブでヘトヘトなところに、お兄ちゃんのイケメンパワーにやられてしまった。
私のライフはもう0よ。
ガチャリとドアを開けて、自分の部屋に入る。
「……はあ」
思わず、ベッドに座り込んでしまう。
半年も経つのに、この生活に全然慣れない。
ずっとファンだったケモメンの圭吾。
遠くから見て、憧れるだけの存在だった。
それが今は私のお兄ちゃんとして、一つ屋根の下で生活している。
そして、お兄ちゃんは自分がアイドルだということを私に隠している。
だから、私も隠さないといけない。
――私の推しがお兄ちゃんであることを。