「浮田?」
昔のことを思い出していたが、祐介に呼ばれて我に返る。
「大丈夫か?」
片方の眉を下げて気遣う祐介に、薫はふっと笑った。
祐介のことは、最初から好きだったわけではない。きっかけも、特にあったわけではない。気づいたら好きだった。
高校二年生になって始めて同じクラスになり、騒がしい人だなと思っていた。
クラスの中心にいる。よく女子と絡んでいる。授業を真面目に聞いていない。そんな印象だった。
それでも一応、進学校に入学しただけあって勉強ができないわけではなさそうだった。授業は真面目に聞いていないようだけど、テストの結果は悪くなく、友達から「なんでノー勉で良い点とれるんだよ」と文句を言われていた。
体育の授業では誰がどう見ても運動神経抜群で、落ちているプリントを拾ってあげるときはプリントを手で払ってから手渡す優しさもあった。
いつも賑やかな場所の真ん中にいて、うるさいだけの人間かと思いきや、人を思いやる心もある。
北橋祐介はどんな人だろうという疑問が沸きあがるよりも前に、自然と祐介に目がいった。
いつの間にか祐介について詳しくなっており、つい目で追ってしまう対象となった。
祐介を恋愛対象として意識した日のことは覚えていない。
だが、もしかして自分は北橋祐介に好意を抱いているのではないかと気づいたのは、祐介の元カノの存在を知ったときだった。
「なぁ、あれ祐介の元カノだろ?」
「あぁ、大島? 可愛いよな」
「祐介の好みは分かりやすいわー」
「とにかく面食いだからな」
廊下を歩いているときにそんな会話を耳にした。
大島、と呼ばれた女子は二組の教室へ入って行った。柔らかい雰囲気の優しそうな女子だった。
面食いと言われただけあって、可愛らしい顔立ちの女子。
そうか、あれが元カノか。
やはり恋愛対象は女子なのか。
いや、もしかすると女子と男子の両方が恋愛対象になっている可能性もある。
そんな淡い期待は、廊下にいた男子たちの話の続きで打ち砕かれた。
「大島って、祐介の何人目だっけ?」
「五人目だろ」
「五人の女子と付き合ったのかよ」
「歴代の元カノ、全員可愛い」
「羨ましい!」
楽しそうに話す男子の声が遠く聞こえる。
祐介が今まで付き合ったのが全員女子だと知り、ショックを受けた自分がいた。
恋愛対象が男子ならよかったのに。そうであれば、自分にも機会があったかもしれない。
自分は、機会がほしかったのだ。
祐介に好かれる機会、祐介と付き合える機会。
祐介を、恋愛対象として見ているのだ。
そう気づいたと同時に、失恋した。
自分は祐介の恋愛対象にはなれない。何故なら、性別が男だからだ。
祐介の方程式は恋愛=男女なのだ。皆と同じ、普通の方程式だ。
虚しい。
滑稽なことに、祐介を好きだと自覚すると、今まで以上に祐介を目で追い、祐介の言動が気になり、胸の鼓動がはやくなる。
こっちを向いてほしい。この想いに気づいてほしい。やっぱり、気づかないでほしい。
振られると分かっているのに、想いを伝えたくはない。
きっと自分のことなんて、名前しか知らないだろう。
教室の隅で誰とも話すことなく、大人しくしているクラスメイト。そんなに認識だろうから、卒業すればすぐに忘れ去られてしまう。いや、卒業まで待たず、来年になれば忘れているだろう。卒業アルバムは、三年生のクラスで作成される。同じクラスにならなければ、時が過ぎても「そういえばこいつ、同じクラスだったな」という感想すら抱かれない。
失恋は確定している。想いを伝えようとは思わない。けれど、少しでいいから、こっちを向いてほしい。その視界に映してほしい。
祐介の家が美容院だということは、クラスの全員が知っている。
薫はスマホで検索をし、祐介の家を突き止めた。
そして、行ってみることにした。
ストーカーという自覚はなく、ただ偶然を装って、会えたらいいなと思っていた。
キタハシ美容室の前を通ると、天は薫の味方をした。
アルバイト募集の張り紙があったのだ。
これだ、と思った。
扉の前で佇んでいると、美容室の中から店長らしき人物が箒とちりとりを持って出て来た。
「あ、あの、アルバイト募集なんですけど」
「あぁ、もしかして、希望者かい?」
「は、はい」
優しそうな男性で、薫は安堵した。
キタハシ美容室は店長とその息子の二人でやっている美容室だと、小さな雑誌に書いてあった。つまりこの男性が、祐介の父である。
「明日から働ける?」
「はい!」
時給や条件をよく読んでいないが、雇ってもらえるなら何でもいい。
「名前は?」
「浮田薫です」
「じゃあ、とりあえず明日来てもらおうかな」
「ほ、本当ですか!?」
そうして薫は、キタハシ美容室でアルバイトをすることとなった。
アルバイトの初日、祐介の第一声が「げっ、浮田かよ」であったのは少々傷ついたが、話したことのないクラスメイトがアルバイトとしてやってきたら、気まずいと思ってしまうのは仕方のないことだ。
少し前の出来事なのに、一年も前のような感覚だ。
こうして祐介の隣を歩けるのはとても嬉しい。
あの日、行動に移してよかったと心から思う。
「なんだよ、じっと見て」
じろり、と睨まれるが、本気で怖いと思ったことはない。
口はむっと閉じられ、なんだか子どものようで可愛い。
「ううん、なんでもない」
大島沙穂のことを聞いてきたのは、まだ祐介の中で消化できていないからだろうと薫は推測した。
「心配しなくても、大島さんのことは断ったよ」
「は?」
「ほら、僕、女の人は苦手だから」
「知ってるけど」
「あ、うん」
互いに無言になる。
買い出しに行くと言って薫を連れ出したが、スーパーに用はない。
太陽から降り注がれる熱に耐え切れず、止まった足を動かして日陰へと移動する。
建物の陰に自らの陰を隠し、太陽の熱から逃れたところで話を再開させる。
「何て言って断ったんだ?」
詳細まで知りたい祐介に、薫は正直に言ってもいいものか悩んだ。
どう断ったかを聞いて、祐介が傷つきはしないだろうか。
言いにくそうにしている薫をじれったく思い、「なんだよ、言えよ」と催促する。
「大島さんのことは好きじゃないから。って、断ったよ」
「それでもいいから付き合おうとは言われなかったのか?」
「う、うん。分かった、って」
「そうか」
ほっとした表情の祐介に、薫の胸はちくりと痛んだ。
何を安心したのだろう。
酷い言葉で振らなくてよかった。他の男と付き合わなくてよかった。
そんな感じの安心だろうか。
「やっぱり、元カノには僕なんかと付き合ってほしくないもんね」
言ってから後悔した。嫌味のように聞こえたことだろう。すぐに手で口を隠すが意味はない。
「は?」
ぽかんとする祐介。
言ってしまったものは仕方がない。薫は溜まっていたものを吐き出すように、息を吐いた。
「好きだった人が,僕みたいなのと付き合うの、嫌でしょ?」
「は?」
薫に恋人を作って欲しくなかっただけの祐介は面くらい、「いや、別に、そういうんじゃ」と曖昧な返答をする。
元カノの告白のことで、あんなに問い詰めていたのに、今更何を否定しているのだ。
「お、俺はお前が、告白されたって知って……」
「うん」
「だから、もしかしたら、俺の元カノに気を遣ってお前が告白を受け入れるんじゃないかとだな。お前が付き合うんじゃないかと……」
期待はしない方がいい。
祐介の方程式は皆と同じなのだから。
分かっているのに、薫は期待してしまう。
薫と合わせない視線。紅潮した顔。震える声。
薫はごくりと喉を鳴らした。
これ以上は言えず、気まずくなった祐介は「知るか!」と耳まで真っ赤にさせて、その場を去ろうと薫に背を向けた。
まさか、と期待した薫は逃がすまいと祐介の腕を強く掴んだ。
引き止められると思わなかった祐介の顔は驚愕の色に染まり、目を丸くして薫を見た。
祐介の腕を引っ張り、直射日光に当たっている祐介の体を日陰へと戻す。
期待しても、祐介が女子と付き合った事実は消えない。方程式は変わらない。想いを告げようとは考えていなかった。だけど、今の祐介を見るとどうしても期待してしまう。
祐介は周囲から「面食い」だと言われている。そして祐介は、薫を綺麗だと言った。
薫は都合のいい様に想像してしまう。
勘違いかもしれない。ただの妄想かもしれない。それでも、チャンスがあるなら掴みたい。
祐介の腕に、薫の緊張が伝わる。
「僕、実は、好きなんだ」
「は?」
「北橋くんが、好きなんだ」
互いの体温が上昇する。太陽から隠れているというのに、まるで日差しが全身に注がれているようだ。
「お、お前」
薫は目をぎゅっと瞑り、祐介の左腕を掴む手は震えている。
何言ってんだよ、冗談言うなよ。そう言いたくなるのをぐっと堪えた。
どこからどう見ても、勇気を出して告白している。祐介の恋愛対象は女だと認識しているだろうに、その上で今、想いを吐き出したのだ。
祐介はその気持ちを真正面から向き合わなければ、と思った。
大きく深呼吸し、薫に言う。
「俺も」
薫はびくりと反応し、そっと目を開ける。
長い睫毛が揺れ、元々大きな瞳が一層大きくなった。
薫の口から「え」と掠れた弱弱しい声が出ると、祐介は掴まれていた左腕を薫の背中にまわして、顎を肩にのせた。
「クソ、どうしてくれるんだよ」
薫は震えて、涙が一粒零れ落ちた。
両手をそっと祐介の背中にまわして、実った恋を噛み締めた。
数秒そうしていると、ここが外であることを思い出し、祐介から離れた。なくなった祐介の体温に寂しさを覚えたが、祐介が薫を見つめる瞳に熱が宿っていることに気づく。
「なぁ、男同士で手をつなぐのって変じゃね? 普通なのか? あと、俺もお前も彼氏ってことになんのか? 友達にこの関係は言っていいのか? 俺、全然知らんぞ」
「僕も」
「は?」
「僕、人を好きになるの、北橋くんが初めてだから」
照れる薫に、祐介の胸はきゅんと鳴った。
「帰ったらネットで調べるか」
買い出しへ行くと言って出てきたが、スーパーへ行くことなく来た道を戻る。
手をつないで外を歩くものなのか。よく分からないので、二人は今まで通りただ並んで歩いた。
狭い歩道は、互いの手や腕が触れ合ってしまう。
二人は、もっと、といつもより距離を縮めた。
「暑いな」
「今年の秋は、もう少し先になるんだって」
体中が熱くなるのを感じながら、二人は無言のまま触れ合う手に意識を集中させた。
昔のことを思い出していたが、祐介に呼ばれて我に返る。
「大丈夫か?」
片方の眉を下げて気遣う祐介に、薫はふっと笑った。
祐介のことは、最初から好きだったわけではない。きっかけも、特にあったわけではない。気づいたら好きだった。
高校二年生になって始めて同じクラスになり、騒がしい人だなと思っていた。
クラスの中心にいる。よく女子と絡んでいる。授業を真面目に聞いていない。そんな印象だった。
それでも一応、進学校に入学しただけあって勉強ができないわけではなさそうだった。授業は真面目に聞いていないようだけど、テストの結果は悪くなく、友達から「なんでノー勉で良い点とれるんだよ」と文句を言われていた。
体育の授業では誰がどう見ても運動神経抜群で、落ちているプリントを拾ってあげるときはプリントを手で払ってから手渡す優しさもあった。
いつも賑やかな場所の真ん中にいて、うるさいだけの人間かと思いきや、人を思いやる心もある。
北橋祐介はどんな人だろうという疑問が沸きあがるよりも前に、自然と祐介に目がいった。
いつの間にか祐介について詳しくなっており、つい目で追ってしまう対象となった。
祐介を恋愛対象として意識した日のことは覚えていない。
だが、もしかして自分は北橋祐介に好意を抱いているのではないかと気づいたのは、祐介の元カノの存在を知ったときだった。
「なぁ、あれ祐介の元カノだろ?」
「あぁ、大島? 可愛いよな」
「祐介の好みは分かりやすいわー」
「とにかく面食いだからな」
廊下を歩いているときにそんな会話を耳にした。
大島、と呼ばれた女子は二組の教室へ入って行った。柔らかい雰囲気の優しそうな女子だった。
面食いと言われただけあって、可愛らしい顔立ちの女子。
そうか、あれが元カノか。
やはり恋愛対象は女子なのか。
いや、もしかすると女子と男子の両方が恋愛対象になっている可能性もある。
そんな淡い期待は、廊下にいた男子たちの話の続きで打ち砕かれた。
「大島って、祐介の何人目だっけ?」
「五人目だろ」
「五人の女子と付き合ったのかよ」
「歴代の元カノ、全員可愛い」
「羨ましい!」
楽しそうに話す男子の声が遠く聞こえる。
祐介が今まで付き合ったのが全員女子だと知り、ショックを受けた自分がいた。
恋愛対象が男子ならよかったのに。そうであれば、自分にも機会があったかもしれない。
自分は、機会がほしかったのだ。
祐介に好かれる機会、祐介と付き合える機会。
祐介を、恋愛対象として見ているのだ。
そう気づいたと同時に、失恋した。
自分は祐介の恋愛対象にはなれない。何故なら、性別が男だからだ。
祐介の方程式は恋愛=男女なのだ。皆と同じ、普通の方程式だ。
虚しい。
滑稽なことに、祐介を好きだと自覚すると、今まで以上に祐介を目で追い、祐介の言動が気になり、胸の鼓動がはやくなる。
こっちを向いてほしい。この想いに気づいてほしい。やっぱり、気づかないでほしい。
振られると分かっているのに、想いを伝えたくはない。
きっと自分のことなんて、名前しか知らないだろう。
教室の隅で誰とも話すことなく、大人しくしているクラスメイト。そんなに認識だろうから、卒業すればすぐに忘れ去られてしまう。いや、卒業まで待たず、来年になれば忘れているだろう。卒業アルバムは、三年生のクラスで作成される。同じクラスにならなければ、時が過ぎても「そういえばこいつ、同じクラスだったな」という感想すら抱かれない。
失恋は確定している。想いを伝えようとは思わない。けれど、少しでいいから、こっちを向いてほしい。その視界に映してほしい。
祐介の家が美容院だということは、クラスの全員が知っている。
薫はスマホで検索をし、祐介の家を突き止めた。
そして、行ってみることにした。
ストーカーという自覚はなく、ただ偶然を装って、会えたらいいなと思っていた。
キタハシ美容室の前を通ると、天は薫の味方をした。
アルバイト募集の張り紙があったのだ。
これだ、と思った。
扉の前で佇んでいると、美容室の中から店長らしき人物が箒とちりとりを持って出て来た。
「あ、あの、アルバイト募集なんですけど」
「あぁ、もしかして、希望者かい?」
「は、はい」
優しそうな男性で、薫は安堵した。
キタハシ美容室は店長とその息子の二人でやっている美容室だと、小さな雑誌に書いてあった。つまりこの男性が、祐介の父である。
「明日から働ける?」
「はい!」
時給や条件をよく読んでいないが、雇ってもらえるなら何でもいい。
「名前は?」
「浮田薫です」
「じゃあ、とりあえず明日来てもらおうかな」
「ほ、本当ですか!?」
そうして薫は、キタハシ美容室でアルバイトをすることとなった。
アルバイトの初日、祐介の第一声が「げっ、浮田かよ」であったのは少々傷ついたが、話したことのないクラスメイトがアルバイトとしてやってきたら、気まずいと思ってしまうのは仕方のないことだ。
少し前の出来事なのに、一年も前のような感覚だ。
こうして祐介の隣を歩けるのはとても嬉しい。
あの日、行動に移してよかったと心から思う。
「なんだよ、じっと見て」
じろり、と睨まれるが、本気で怖いと思ったことはない。
口はむっと閉じられ、なんだか子どものようで可愛い。
「ううん、なんでもない」
大島沙穂のことを聞いてきたのは、まだ祐介の中で消化できていないからだろうと薫は推測した。
「心配しなくても、大島さんのことは断ったよ」
「は?」
「ほら、僕、女の人は苦手だから」
「知ってるけど」
「あ、うん」
互いに無言になる。
買い出しに行くと言って薫を連れ出したが、スーパーに用はない。
太陽から降り注がれる熱に耐え切れず、止まった足を動かして日陰へと移動する。
建物の陰に自らの陰を隠し、太陽の熱から逃れたところで話を再開させる。
「何て言って断ったんだ?」
詳細まで知りたい祐介に、薫は正直に言ってもいいものか悩んだ。
どう断ったかを聞いて、祐介が傷つきはしないだろうか。
言いにくそうにしている薫をじれったく思い、「なんだよ、言えよ」と催促する。
「大島さんのことは好きじゃないから。って、断ったよ」
「それでもいいから付き合おうとは言われなかったのか?」
「う、うん。分かった、って」
「そうか」
ほっとした表情の祐介に、薫の胸はちくりと痛んだ。
何を安心したのだろう。
酷い言葉で振らなくてよかった。他の男と付き合わなくてよかった。
そんな感じの安心だろうか。
「やっぱり、元カノには僕なんかと付き合ってほしくないもんね」
言ってから後悔した。嫌味のように聞こえたことだろう。すぐに手で口を隠すが意味はない。
「は?」
ぽかんとする祐介。
言ってしまったものは仕方がない。薫は溜まっていたものを吐き出すように、息を吐いた。
「好きだった人が,僕みたいなのと付き合うの、嫌でしょ?」
「は?」
薫に恋人を作って欲しくなかっただけの祐介は面くらい、「いや、別に、そういうんじゃ」と曖昧な返答をする。
元カノの告白のことで、あんなに問い詰めていたのに、今更何を否定しているのだ。
「お、俺はお前が、告白されたって知って……」
「うん」
「だから、もしかしたら、俺の元カノに気を遣ってお前が告白を受け入れるんじゃないかとだな。お前が付き合うんじゃないかと……」
期待はしない方がいい。
祐介の方程式は皆と同じなのだから。
分かっているのに、薫は期待してしまう。
薫と合わせない視線。紅潮した顔。震える声。
薫はごくりと喉を鳴らした。
これ以上は言えず、気まずくなった祐介は「知るか!」と耳まで真っ赤にさせて、その場を去ろうと薫に背を向けた。
まさか、と期待した薫は逃がすまいと祐介の腕を強く掴んだ。
引き止められると思わなかった祐介の顔は驚愕の色に染まり、目を丸くして薫を見た。
祐介の腕を引っ張り、直射日光に当たっている祐介の体を日陰へと戻す。
期待しても、祐介が女子と付き合った事実は消えない。方程式は変わらない。想いを告げようとは考えていなかった。だけど、今の祐介を見るとどうしても期待してしまう。
祐介は周囲から「面食い」だと言われている。そして祐介は、薫を綺麗だと言った。
薫は都合のいい様に想像してしまう。
勘違いかもしれない。ただの妄想かもしれない。それでも、チャンスがあるなら掴みたい。
祐介の腕に、薫の緊張が伝わる。
「僕、実は、好きなんだ」
「は?」
「北橋くんが、好きなんだ」
互いの体温が上昇する。太陽から隠れているというのに、まるで日差しが全身に注がれているようだ。
「お、お前」
薫は目をぎゅっと瞑り、祐介の左腕を掴む手は震えている。
何言ってんだよ、冗談言うなよ。そう言いたくなるのをぐっと堪えた。
どこからどう見ても、勇気を出して告白している。祐介の恋愛対象は女だと認識しているだろうに、その上で今、想いを吐き出したのだ。
祐介はその気持ちを真正面から向き合わなければ、と思った。
大きく深呼吸し、薫に言う。
「俺も」
薫はびくりと反応し、そっと目を開ける。
長い睫毛が揺れ、元々大きな瞳が一層大きくなった。
薫の口から「え」と掠れた弱弱しい声が出ると、祐介は掴まれていた左腕を薫の背中にまわして、顎を肩にのせた。
「クソ、どうしてくれるんだよ」
薫は震えて、涙が一粒零れ落ちた。
両手をそっと祐介の背中にまわして、実った恋を噛み締めた。
数秒そうしていると、ここが外であることを思い出し、祐介から離れた。なくなった祐介の体温に寂しさを覚えたが、祐介が薫を見つめる瞳に熱が宿っていることに気づく。
「なぁ、男同士で手をつなぐのって変じゃね? 普通なのか? あと、俺もお前も彼氏ってことになんのか? 友達にこの関係は言っていいのか? 俺、全然知らんぞ」
「僕も」
「は?」
「僕、人を好きになるの、北橋くんが初めてだから」
照れる薫に、祐介の胸はきゅんと鳴った。
「帰ったらネットで調べるか」
買い出しへ行くと言って出てきたが、スーパーへ行くことなく来た道を戻る。
手をつないで外を歩くものなのか。よく分からないので、二人は今まで通りただ並んで歩いた。
狭い歩道は、互いの手や腕が触れ合ってしまう。
二人は、もっと、といつもより距離を縮めた。
「暑いな」
「今年の秋は、もう少し先になるんだって」
体中が熱くなるのを感じながら、二人は無言のまま触れ合う手に意識を集中させた。