学校が終わりすぐに本屋に向かった。
 なんか勘違いしていないか? 俺は空に向かいそう呟き、小さく舌を鳴らす。また今日も太陽はもうすぐ秋だという立場を弁えずでしゃばっているから灸を据えた。

 ひとつ深く息を吐いた後入った本屋の中で、やっぱりひんやりとした空気が柄にもなく急ぎ足で向かってきた俺の汗を取り去っていく。

「いらっしゃいませ」

 財布の中から予約票の控えを取り出してレジカウンターに向かった時だった。

 あ、あのベテランの女性だ。
 俺は辺りを見回した。さっきまで上がっていた息がゆっくりと鎮静するかのように心臓が正常に戻っていった。

「あ、『いつもとおなじ私だけがいない明日』を予約してたんですが」
「えっと、少々お待ちください、ちょっとー、泉水ちゃん! 予約されてた本取ってきてくれる?」

 そう言うベテランの店員さんの視線の先、俺も辿ろうと振り向いた。
 そこには「泉水ちゃん」と呼ばれた女性が「はい」といい、どこかに向かった。あの子だ。俺は勇気を出して話しかける。

「『いつもとおなじ私だけがいない明日』ってやつです」

 彼女はこちらを一瞥して柔和な笑顔を見せたあと、少し困ったようにベテランの店員さんの顔を見た。

「予約専門のカゴの中、表紙は青、泣いている女の子と背中合わせに立ってる男の子、両方夏の制服を着てるわ」

 すると見つけたのかその本を両手で抱えながら笑顔で駆け寄ってきた。

 さっき落ち着いたばかりの俺の心臓はまた加速を始めた。

「はい、レジはこちらでお願いします」

 そう言って泉水ちゃんはベテランの店員さんのところではなく隣に行くよう指示した。今馴れ馴れしく泉水ちゃんなんて読んだけど心の中だけだからまぁセーフだろう。

「これ私も気になってたんですよ、よくSNSで回ってくるし表紙がいいですよね」
「そうなんですよ、僕もそれで気になって……まんまと戦略に乗ってしまったって感じですね」そう言ってはははと後ろ髪を掻いた。何か話を続かないと、そう焦った俺は続けて話題を出すことにした。「泉水ちゃ、泉水さ、あ、いや、佐伯さんは……読み……」

 とんでもないことになった。
 早くしないとレジが打ち終わると焦った俺は何か話しかけようととりあえず名前を呼んだもののさっき心の中でちゃん付けで呼んじゃったためにそれが出てくるし、慌てて言い直そうとしてもドツボにハマるばかり。でしゃばりの太陽の悪口を言っている場合ではない。いちばんでしゃばりなのは俺だ。

「あ、いや、すみません……」

 袋に入れられた本、お札を出してお釣りを待つ。完全に意気消沈、俯きながら一刻も早くここを出たかった。

「私は……」そう言って目を伏せた。長いまつ毛が白い肌に影を作る。「まだです」

 そう言って小さく笑った。

「なかなか手に入りませんもんね、僕読み終わったら貸しましょうか?」
「え?」
「……って嫌ですよね、中古なんて、それに予約したら手に入りますしね」

 すみませんと顔の前で手をひらりとさせ、本を受け取った。

「そんなこと……」

 そう言ったので俺は浮かれて「それなら読んだらすぐに持ってきます」と言った。この時の彼女の表情、それに少しの違和感を抱きながらも、俺の心は舞い上がっていた。

 自動ドアを抜けると涼しくなった体にまた灼熱の赤が降り注ぐ。だけど今は心地よい。冷えきったくらいの体にはその温もりがちょうどよく感じられた。

 まぁ、数分だけではあるが。