知らない番号から電話が来たのはそれから一週間くらいたった頃だった。毎日スマホにかじりついて連絡を待っていたもののなかなか連絡が来ず、もう来ないのかもしれないと半ば諦めかけていた頃だった。

 心臓がとくんと跳ね、多少声がうわずりながら電話に出た。

「日の出書店の佐伯と申しますが……」あの子の顔が浮かんできて思わず頬を緩めた。「あの、以前本の予約をしていただいた日の出書店でございますが」

 俺の相槌が聞こえなかったのかもう一度丁寧にそうなぞった。

「あ、はい、わかりますよ」
「あ、えっと」困ったように間が空いた後に「遥斗さんの番号でお間違いないでしょうか?」

 俺の心臓は高鳴った。そうだ、そう言うようにトラップをしかけていたのは自分だ。だけどすっかりそんなことは忘れていた。いよいよ俺は自分の口角が上がっていくのが抑えられなくなってきた。

「はい、遥斗です」
「(よかった)」

 電話口、小さな声で安堵とともに漏れた本音に不覚にもときめいた。

「入荷したんですか?」
「はい、本日以降ならいつでもご購入いただけます、ただ、お取り置き期間が一週間となっておりますのでそれ以降だとお取り置きができなくなってしまいますのでご注意ください」
「わかりました」今日すぐにでも行く、そう言いたかったけど「たまたま今日は学校終わるの早いしバイトもないんで夕方に行きます」なんてしなくてもいい個人的都合までご丁寧に並べた。

「高校生なんですね」

 思わぬ言葉が返ってきて俺はハッとした。

「あ、いや、違うんですよ、高校生と言っても三年なのでそんなにガキじゃないっていうか、あまり佐伯さんとも変わらないんじゃないかな――」

 って俺は何を言っているんだ。

「あ、そうですね、私は十九歳なのでほとんど変わらないですね」

 くすり、と笑い声が聞こえてきてとくんと心臓が鳴った。
 ガキだと思われたくない、なんて思って言った言葉、どう考えてもガキでしかない。顔面が真っ赤に色づいていくことに、鏡を見なくてもわかった。

 翌日、いつも通りに過ごしていつも通り学校を出る、そんなつもりだった。

「小鳥遊~なんか今日のお前おかしくないか?」
 疑いの目を向けてきたのは親友の小出幸弥《こいでゆきや》だ。ギクッと心臓が一回転した。

「なにが? 普通だろ」

 努めて冷静を装ったけどじとっとした小出の視線が蛇のように絡みつく。

「デートか」

 直後口角がゆるやかに上がり、まさにニタァっといった感じに冷やかすつもりしかない顔をしてきた。

「まさか」
「だよなー」

 なんだよ、なんですんなり受け入れるんだよ、俺がデートするわけないってなんでわかるんだよ。

「髪型がいつもより気合い入ってそうだから気になった」
 こいつは女にモテる。理由はここだ。とにかく些細なことに気がつく。女子にばかりではなくそれは時として俺にも向けられる。

「変えたんだ、ヘアスタイル」

 不気味な笑顔を並べた。俺としては小出にも負けないくらいの爽やかな笑顔のつもりだったが、おそらく不気味なくらい不自然なものになっているのはわかっていた。

「へー、似合ってんじゃん、いいよそれ」

 ここも、こういうところも小出は女にモテるポイントだ。いっそのこと打ち明けちゃえば案外アドバイスなんてくれるかも? なんて思いつつも首を振る。俺が恋をしたなんて恥ずかしい。