モルサル街からリンツ街へと向かうには、谷を越える必要がある。
 徒歩では二日ほどの距離だが、交易馬車を使うと半日あれば着くだろう。

「リジンだ」

 馬車の中には護衛依頼を受けたパーティーが和気あいあいとしている。
 その中に入ることはせず、メイジの女性に話しかけた。

「……なに?」
「いや、俺の名前だ。リジン・ジョレイドだ」
「言われなくても知っているわ」

 知っていると言われた。
 どうやら昨日のユスランたちとの騒ぎで俺の顔と名前を覚えたのだろう。
 名声を得ることで有名になるならともかく、一冒険者として恥ずかしい限りだ。

「きみは?」
「……ロザリー」

 メイジの女性は、ロザリーと名乗った。
 答えてもらえて内心ホッとしている。

「俺は王都出身で、五年前からモルサル街を拠点に活動してた」
「そう」
「ロザリー、きみはどうしてリンツ街に?」
「貴方には関係ないわ」

 それはそうだ。
 ほんの少し関わりを持っただけの間柄なので、必要以上に話すことはない。

 俺自身も、ユスランたちの件がなければ、ロザリーと同じく無言で居続けたはずだ。
 そして案の定、二人揃って口を閉じる。

 馬車内では、護衛依頼を受けた彼らが談笑している。少し離れた場所に居る俺たちとは雲泥の差だ。

「……俺は」

 せっかくなので、口を開こう。
 俺は、自分が何故、リンツ街に行くことになったのか。ロザリーに話そうとする。しかし、

「それも知っているから」

 言う前に、ロザリーが口を挟んだ。

「あの間抜けたちに嵌められたせいで、貴方はモルサル街に居られなくなったんでしょう」
「その通りだよ」

 悪目立ちし過ぎたな。
 モルサル街を拠点にすることは無いだろうが、あの町にはなるべく近づかないようにしておこう。

「前に居たパーティーでは、アタッカーだからと言われてクビになってな。これで何度目だったかな……」

 同じアタッカーと言うこともあって、同様の苦労をしているに違いない。
 そう思って、ついつい口が滑ってしまう。

 だが、ロザリーは詰まらなそうな表情を浮かべたままだ。

「……ふん、何がアタッカー不要論よ。勇者気取りの馬鹿のせいで、ふざけた世の中になったものだわ」

 ロザリーがアタッカーでなければ、今頃馬車に揺られてなどいないはずだ。

「お互い、面倒な時代にアタッカーになってしまったな」
「貴方と一緒にしないでちょうだい。わたしは自分からパーティーを抜けたの」
「それは済まない」

 アタッカー同士だからこそ、言わなくてもいいことがある。
 次からは気を付けることにしよう。だが、

「謝るのは貴方じゃなくて、あいつらよ」
「……あいつら?」

 かつての仲間たちの顔を思い出すように、ロザリーは目を細める。

「アタッカーと言うだけで、このわたしを馬鹿にして……絶対に許さないわ」

 アタッカー不要論が浸透した世界において、アタッカーが抱く恨みは恐ろしい。
 俺を含めて、ほとんどのアタッカーが同じ境遇に居るので、ロザリーの気持ちは十分に分かる。

 しかしながら、アタッカー不要論を覆すことができないのも事実だ。

 パーティーにアタッカーは不要。
 この結論に対し、アタッカーである俺たちが何を訴えようとも、鼻で笑われるだけなのだ。

「はぁ……まさか、こんな時代が来るとはな」

 感慨に耽ってしまう。
 とそのとき、馬車が停まった。そして御者の声が耳に届く。

「ま、魔物だー!」