「――フンッ!」

 豪快な一振りが、俺の体を真っ二つにしようと線を描く。
 それを横に移動して回避してみせると、すぐさま距離をギリギリまで詰めて斬り抜く。

 床に刺さった斧が抜けないのだろう。力が強すぎるのも困りものだ。
 無防備に俺の攻撃を受けた相手だが、奴隷化しているのが原因か、意に介さず強引に斧を引っこ抜いた。

「痛みが無いのか?」

 この様子だと痛覚を遮断されているのかもしれない。
 そんな状態で彼らは決闘をさせられていたということか。

「ロザリーの言う通りにしないとな」

 早めに決着を付けなければ、彼らの命にもかかわるだろう。

 斧を手に、今度は横一線に振り抜いてくる。
 その攻撃を見抜いて床に這いつくばり、そしてそのまま起き上がると同時に思い切り地を蹴って短剣を相手の右肩に突き刺した。

「くっ」

 見事、肩に短剣が刺さったが、筋肉の壁で深くまでは刺さらなかった。しかも先ほどの斧と同様に引き抜くのが難しく、俺は短剣を手放して距離を取る。

「……やり方を変えるか」

 痛覚が無いのは面倒だ。どれだけ傷を負わせても、死の瞬間が訪れるまでは倒れることがないのだろう。
 だとすれば、別のやり方で動きを止めるまでだ。

 手持ちの小型ナイフをありったけ取り出すと、勿体ぶることなく全てを投擲していく。
 その一つ一つを斧で弾こうと試みるが、幾つかは体に突き刺さる。もちろん、それで倒れることはない。けれども体勢を整えるための時間が必要になる。
 だから俺は、その隙を突いた。

「――これで、寝てくれ」
「ぎっ、ぐっ、……っ」

 全力で駆け、敵の背後を取る。
 そして背に跨り首を絞める。

 これほどの巨体だ。そう簡単に意識を落とせるとは思っていない。
 だがそれでも、これ以上傷付けることになれば、命を奪ってしまうだろう。

 この男がどういった経緯で奴隷化したのかは定かではないが、同じ冒険者として殺さずに倒す。もちろん、他の警備兵に対しても同じだ。

 表情を変えずに俺の腕を掴み、振り解こうと力を込めてくるが、それでも離さない。
 やがて限界が来たのだろう。斧男は急に動くのを止めてそのまま床へと倒れ込む。痛覚が無いとはいえ、永遠に動き続けることができるわけではないということだ。

「……ふう、厄介なものだな」

 警備兵が善か悪か分からない以上、殺すわけにはいかない。
 しかも奴隷化の影響で痛覚がないのだから面倒なことこの上ない。

 それでもようやく、斧男を倒すことができた。
 大広間を見回すと、どうやら他の警備兵たちも片付いたらしい。
 ロザリーとレイ、そしてノアは傷一つ負わず、アウダーと対峙している。

「遅れて済まない」

 声を掛け、俺はアウダーの背後に移動する。
 逃げ場を失くしたアウダーは、表情を歪めて歯軋りをしている。

「クソッ、格なる上は……この私が直々に貴様らを血祭りにあげてやる!」

 帯剣していたのだろう。
 服の内側から短剣を手に取ると、俺たち四人を相手に構えてみせた。

「何を隠そう、私は元冒険者なのだ! 階級は当時既に鉄級一つ星! その私が本気を出せば、貴様らなど瞬殺して――」
「【ウォーター・バレット】」
「はうっ」

 水の弾丸がアウダーの眉間に直撃する。
 避けることができず、アウダーは反動で床に倒れて後頭部を強打する。

「ロザリー、手が早いな」
「ダメだったかしら?」

 アウダーは泡を吹いて失神している。
 その姿を見下ろしたあと、俺は肩を竦めて返事をする。

「いや、上出来だよ」

 アウダーと共に奴隷同士の決闘を観戦していた人物は逃げたあとだが、仕方あるまい。
 最優先すべきはアウダーの身柄の確保だ。

「これが諸悪の根源だな? 壊すぞ」

 ノアはアウダーの腕に嵌められた魔道具を取り外すと、床に置く。そして大剣で斬り付け、壊してしまった。
 すると、そこら中にノビている警備兵たちの顔色が僅かに良くなったような気がした。

 ノアが壊したのは、対象を奴隷化する魔道具だったらしい。
 これで恐らく、アウダーの奴隷として働いていた人たちは全員自由の身となるだろう。

「さあ、こいつを連れてリンツ街に帰るとするか」

 騒ぎを聞きつけて人が集まる前に、俺たちは足早にワーグ邸をあとにするのだった。