まずは先手必勝、アウダーに狙いを定めて小型ナイフを投擲する。

「――ッ!!」

 だが、弾かれた。
 アウダーの横に立つ警備兵に上手く防がれてしまった。

「何者だ! 貴様ら、この私をアウダー・ワーグ男爵と知っての狼藉か!?」

 腰を上げたアウダーは、悪役もびっくりの台詞を吐く。
 当然のことながら、律儀に返事をする必要はない。

 大広間に居る大勢の警備兵兼冒険者を無視し、一直線にアウダーの許へと駆ける。そして迷いなく短剣でアウダーの肩を貫く。
 しかしそれも見抜いていたのだろう。警備兵が自らを盾にアウダーの身を守り、身代わりとなってみせた。

「っ、躊躇しないんだな」

 それは俺自身にも言えることだが、自らの命を顧みない行動に、俺は違和感を覚えた。
 短剣を引き抜き、すぐさま距離を取る。

 視線をずらし、仲間たちの様子を窺う。

 レイは距離を詰めてきた警備兵たちを相手に、得意のグーパンで一人、また一人と返り討ちにしていく。

 大剣を両手で持ったノアは、此処が大広間とはいえ室内ということもあって少し動き辛そうだ。けれどもその大剣を一振りする度に警備兵が三人以上まとめて壁に激突していく。

 そしてロザリーはというと、大広間に姿がない。室内には入らず、扉の手前で待機中だ。

「出合え! 曲者だ! 奴隷共よ、この私を守れ!!」

 とここで、アウダーが声を荒げて仲間を呼ぶ。
 すると、大広間の奥から次々と警備兵が姿を現す。此処に居る奴らで全員かと思ったが、まだこんなにたくさんいたのか。

 一旦攻撃を止めて、レイとノア、そして俺は大広間の扉の傍へと戻る。
 この数は予想外だが、しかし多すぎても一度に戦える人数は限られるから、余程の強者でもなければ問題はあるまい。

「アウダー・ワーグ男爵、お前がしていることは犯罪だ。大人しくお縄についてもらうぞ」
「っ、貴様ら……!」

 一瞬、未だに椅子に腰掛けて傍観する人物へと視線を向けるが、アウダーはすぐに顔を上げる。

「チッ、良いだろう……奴隷同士の決闘には飽き飽きしていたところだ。今宵は貴様らが生贄の殺戮ショーに変更だ!」

 奴隷同士の決闘か。虫唾が奔る行為だな。
 やはり此処に居る警備兵たちは、冒険者でもあり、奴隷でもあったわけだ。

「我が奴隷たちよ、ゆけ! 侵入者を一人残らず殺すのだ!!」

 現在、大広間にいる奴隷の数は優に三十を超えている。
 しかし数など関係ないと言わんばかりに、ロザリーが一歩前に出た。

「死んだらごめんなさいね。生きていたら、あとでヒーラーでも呼びなさい」
「ッ!? 貴様、何を――」

 既に呪文を唱え終えており、準備万端だ。
 此処が室内だろうが関係ない。手の平から解き放つのはもちろん、広範囲攻撃魔法だ。

「――【サイクロン】」

 瞬間、風の渦が大広間全体を襲う。
 武器を構えていようが関係ない。大勢いた奴隷たちは風の渦に呑み込まれて天井に体をぶつけて投げ出されていく。

「人がゴミのように飛んでいくわね」

 さらっと言うロザリーの風魔法で、大広間に居た大半の奴隷たちが地に転がって動かなくなった。殺傷能力は低めで威力も加減しているので、打ち所が悪くない限り死にはしないだろう。

 これで残ったのはアウダーと数名の奴隷のみ。
 中でも一際大きな体躯の奴隷が、巨大な斧を手に近づいてくる。

「くくく、こいつは我が奴隷の中でも最強格! 銅級三つ星の冒険者だ! 貴様ら如き、一捻りにしてくれるわ!」

 こちらには銀級三つ星のノアが居るわけだが、それは言わないでおこう。

「こいつの相手は俺に任せろ。ノアはロザリーとレイと共に、残りを片付けてくれ」
「腕試しか?」
「ああ、実はつい最近、昇級したものでな」

 こんな状況で腕試しをしている場合ではないことは重々承知の上だ。
 それでも、相手が銅級三つ星と聞いた瞬間、体が前に出た。試してみたくなったのだ。

「せめて、早く楽にしてあげなさい」
「努力しよう」

 ロザリーに言われて頷く。
 この冒険者はアウダーの奴隷となったときから、自分の意思とは関係なく生きてきたのだろう。言葉を発することもできず、それに奴隷化した状態では満足に戦うことすらできないかもしれない。

 腰に下げた短剣をもう片方引き抜き、両手に持って構えた。

「相手になってもらうぞ、名も無き冒険者さん」