翌朝、俺はモルサル街の玄関口に立っていた。
 すぐ傍には交易馬車が停まっている。これに乗ってモルサル街を発つ予定だ。

 気持ち的には王都へと向かいたいところだが、パーティーを組んでいるわけでもない。ソロのアタッカーでは生活することもままならないだろう。

 それで結局、更に都落ちすることを決めた。
 目的地はリンツ街だ。

 新米冒険者御用達のモルサル街よりも、更に小さな町。それがリンツ街だ。
 モルサル街から東に向かって谷あいを進み、山脈を越えた先に作られている。

 徒歩だと二日ほどかかるので、今回は交易馬車を利用することにした。

「……メイジか」

 周囲を見渡す。
 どうやら他にも冒険者が乗るらしい。
 昨日、依頼掲示板と睨めっこしていたメイジ風の女性だ。

「リジン・ジョレイドさんですよね? 昨晩は災難でしたね」
「……いや、よくあることだ。それに俺にも落ち度がある」

 メイジの他にも、パーティーを組んだ冒険者たちも同行するようだ。声をかけられた。

「彼ら、鉄級になったばかりの新米でしたよね? まだ何も分かってないんですよ。絡まれないように気を付けてくださいね」
「肝に銘じておくよ」

 そうは言ったが、今日限りで拠点を移すことになる。
 ユスランたちが追いかけてこない限りは、再会することもないだろう。

「きみたちは護衛依頼組か?」
「ええそうです。と言っても、ギルドを通してないんですけどね」
「ああ、直接依頼を受けたのか」
「はい。実入りが良いので」

 個々人が冒険者に直接依頼を出すのは、よくあることだ。
 冒険者ギルドを介すると、依頼料が発生する。その分を少しでも報酬に上乗せすることで、依頼を受ける冒険者も手持ちが増えるので有り難い。

 ただ、その場合はギルドへの貢献度を増やすことができないので、結果的に昇級が遠のくことになる。

 とはいえ、目先のお金が必要な冒険者は、世の中幾らでも居る。
 故に、個人依頼の事情を知りつつも、ギルドは取り締まることなく、黙認している。

 俺と言葉を交わした冒険者パーティーの面々は、個人依頼を受けて交易馬車の護衛に就くらしい。つまり、乗車代は無しで、更には依頼達成時に報酬を受け取ることもできる。しかも個人依頼ということは、通常の依頼よりも報酬の額が多い。

 乗車代を支払った俺との差に、思わず苦笑いする。

「……?」

 それにしても多いな。
 今回、モルサル街から交易馬車へ乗り込んだのは、護衛の彼らと、メイジの女性、そこに俺が加わる。

 一方、王都経由でこの町へと着いた交易馬車の中には、既に十名以上が乗っている。
 王都を経由しているとはいえ、この数は異常だ。しかも誰一人としてモルサル街では降りなかった。

 ということは、ここに居る全員がリンツ街に用があるということになる。

 リンツ街は、特に何があるわけでもない小さな町だ。
 唯一、他と違う点を挙げるとすれば、町の東側に広がる森が思い浮かぶことだろう。

 そこはエルフの森であり、人間が足を踏み入れてはならない場所と定められている。

 エルフの森の中には、幾つかのダンジョンがあるとされている。しかし暗黙の了解として、人間とエルフは互いに干渉してはならない。だからリンツ街に足を運んだとしても、エルフの森に入ることは叶わないので、正直言って意味がない。

 では、何の目的があってリンツ街へと向かうのか。

「触らぬ神に祟り無し」

 彼らは、ゴロツキのような見た目をしている。
 馬車に乗り合わせるのは仕方ないが、それ以上は関わらない方が身のためだ。

「ちょっと! おっさん! 待ちなさいよ!」

 出発時刻になったので、交易馬車に乗り込む。……が、背中に声をかけられた。
 振り向くと、ユスランたちが立っていた。

「おじさん、この町から逃げるんですか?」
「銅級一つ星なのに、随分と腰抜けですのね。やはり、アタッカーは役立たずですわ」
「まあまあ、あのおじさんも必死で生きてるんだから、笑顔で送り出してあげようじゃないか。さようなら、腰抜けさん……ってね」

 言われっ放しはよくない。
 モルサル街と関わるのも、これで最後になるだろう。だからせっかくなので先輩風を吹かせることにした。

「ユスラン……だったか? 口喧嘩だけじゃ詰まらないだろう? 相手になって――」
「退きなさい」

 一対一で手解きしてやるつもりだったのだが、交易馬車の中からメイジの女性が降りて俺の前へと出る。そして、左手の指先をユスランたちに向けると、一切躊躇くことなく水の塊を撃ち出した。

「――ッ!!」「うぎぇ!」「ひいぃ!!」

 防御する間もなく水の塊の直撃に遭ったユスランたちは、反動で数メートル先まで飛ばされてしまう。しかも全身びしょ濡れだ。

「あら、ごめんなさいね。喉が渇いたから水を出したのだけれど、出す方向を間違えてしまったわ」
「なっ、この……!」

 怒りに満ちた表情のユスランが、立ち上がると同時に剣を抜く。だが、

「やるなら受けて立つけれど、貴方たち……死ぬ覚悟はあるのかしら?」
「っ」
「ゆ、ユスラン……どうするの!?」
「あいつ、絶対ヤバいって!」

 死ぬ覚悟、と口にして、彼女は殺気をぶつける。
 すると効果てきめん、ユスランたちは後ずさりし、それ以上何も言うことなく、町の中へと逃げ帰っていった。

「ありがとう、きみのおかげで手を出さずに済んだ」
「……貴方のためにしたことじゃないわ」

 声をかけると、彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らして視線を逸らす。

「アタッカーの名誉のため、それだけよ」

 それだけ言うと、彼女は再び馬車の中へと戻っていく。

「名誉……か」

 彼女も、俺と同じアタッカーだ。だから我慢ならなかったのだろう。
 心の中で、もう一度彼女に礼をしたあと、俺も馬車へと乗り込んだ。