ノアがリンツ街に来た翌日。
 彼とブレイブ・リンツの面々は共に王都へと向けて出立した。

 ヒストルが専用の馬車を用意してくれたので、移動に関してはこれまでで一番楽だった。
 それから半日掛けることで、俺たちを乗せた馬車はモルサル街が見える距離まで辿り着いた。

「モルサル街が見えたな。今日は此処で休むことにしよう」
「この町……か」

 ノアの提案に、俺は渋い顔をする。

「どうした? 何かあるのか?」
「いや、俺はこの町を追放された身だからな……留まるわけにはいかないんだ」
「追放? 一体何をしたらそんなことになるんだ?」
「揉め事を少々な」

 何をしたらと言われても、モルサル街の期待のルーキーたちの嘘を暴いただけなのだが、正直に話しても信じてはもらえまい。

「それは困ったな。この町から王都までの道程は馬車で二日掛かるから、休めるときに休んでおいた方がいいんだが……仕方ない、ぼくが何か食べるものを買ってくるから、きみたちはここで待っていてくれ」
「済まない、恩に着る」

 一旦、ノアが一人でモルサル街へと足を運ぶことになった。
 それから暫くして、再び戻ってくる。しかし、一人ではない。誰か一緒だ。

「ねえ、まさか……」
「……ああ。そのまさかだな」

 ロザリーの声に反応し、ため息混じりの声を上げる。

 あの顔には見覚えがある。というか、忘れるわけがない。
 ロザリーに至っては露骨に表情を歪めている。その人物とは……。

「兄貴! お久しぶりです!」

 期待のルーキー、ユスランだ。

「誰が兄貴だ」
「え? 誰がって……兄貴に決まっているじゃないですか」

 真顔で言うな。
 俺はユスランの兄貴になった覚えは一度もない。

「ユスラン、どうしてここに?」
「先ほど街中でノア・ロークさんを見掛けまして、もしや兄貴たちが一緒なのでは……と声を掛けさせていただきました」
「きみたちの知り合いだと言うから、連れてきたが……不味かったか?」

 ノアが不安そうに訊ねる。
 まあ、連れてきたものは仕方あるまい。

「いや、悪い奴じゃないから大丈夫だ」
「それを聞いて安心したよ」
「それにしても水臭いじゃないですか。モルサル街に来てるのに町の中に入らないだなんて……」

 誰のせいでそうなったのか忘れたのだろうか。
 小一時間問い詰めたい気分だが、時間の無駄だから止めておこう。

「僕からギルドに話を付けますから、どうぞついて来てください!」
「いや、好意は嬉しいが遠慮しておく。実は以来の途中なものでな」

 この調子でモルサル街入りすれば、大勢に姿を見られることになる。それは避けておきたいところだ。

「依頼……そうだったんですね。これは失礼しました」

 あの一件以来、ユスランは物分かりが良くなったのが有り難い。
 俺の不利益に繋がることがないようにと、それ以上強引なことはせず、一歩引いてくれた。

「この件は内密に頼む」
「はい、お任せください。兄貴は僕たちの恩人ですから、口を堅くしておきますよ」

 いや本当に人が変わったように接してくるのが若干怖いぐらいだが、敵対しているわけではないから突っ込まないでおこう。とにかく、無事に追い返すことができて何よりだ。

 ユスランがモルサル街へと戻っていく。
 その背を見送りながら、ロザリーと俺は肩を竦めた。

「きみ、人気あるんだな」
「それをノアに言われても冗談にしか聞こえないぞ」

 ノアは圧倒的人気を誇る冒険者だ。
 故に、今回の依頼任務中はフードで顔を隠し、見え難くしていた。
 にもかかわらず、ユスランは彼がノアだと見抜いた。

 なかなかの洞察力をしていると褒めるべきか、それとも単にノアの格好良さが隠しきれていなかっただけなのか、俺には分からない。

「言っておくがな、ぼくは別に人気者になりたいわけじゃないぞ?」
「俺も同じだ」
「そうだろう? そう思うよな? それに人気なんてものは冒険者にとって全く必要のないものだ」
「違いない」

 ノアとは意見が合いそうだ。
 互いの人気の度合いは雲泥の差だがな。

「よし、今夜は此処で野宿だな」
「野宿初めてね! 楽しそうね!」
「この前よりも馬車があるだけマシかしらね」
「野宿か、ではまずは食事の支度をしよう」

 モルサル街で買って来た食材を、ノアが馬車の中で広げて見せる。

「結構買い込んだな……おっ、酒もあるじゃないか」
「センスがいいね! とりあえずこれとこれはあたしが飲むから、よろしくね!」
「残念だったな、ぼくもそれを飲みたいから却下だ」
「上等ね!」
「おい、馬車の中は狭いんだから騒ぐな」
「お先にいただくわ」
「「あー!」」

 こんなに賑やかな野宿は、未だかつて記憶にない。自然と笑みが零れてしまう。

 野宿よりもベッドのある部屋で休みたいのは山々だが、この三人と一緒であれば野宿も案外悪くないかもしれない。
 そんなことを思いながら、夜を過ごすことになった。