その夜、レイにフルコースをご馳走して財布の中身がすっからかんになった俺は、疲れを取るために共同浴場で汗を流し、ゆっくりと湯船に浸かった。

 大銀貨四枚は痛い。しかしまだ罰ゲームは半分終わっただけだ。
 レイの次に待っているのは、ロザリーだ。いったいどんな命令をされるのだろうか。

 部屋の扉を開けると、ロザリーの姿があった。
 ロザリーも共同浴場に行っていたが、既に部屋に戻っていたようだ。

「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」

 互いに声をかけ合い、俺は椅子に腰掛ける。

「木の実拾いは初めてだったが、なかなか楽しめたな」

 罰ゲームはともかく、木の実拾い自体は満足できる内容だった。
 とはいえ、俺たちは冒険者だ。明日以降は魔物狩りを再開することになるだろう。

 幾つかの話題を口にして、暫し時間が過ぎた頃。

「ところで、ロザリーは何をしてほしいんだ」

 俺は罰ゲームの命令を聞いてみることにした。
 レイの命令はフルコースだったが、ロザリーは同じものを頼まなかった。欲しい魔道具や消耗品を買うことになるのだろうか。すると、

「……別に、本気になんてしていないわ」

 そんなこともあったかと言いたげな表情で、ロザリーが答える。

「そうなのか? でも、レイにはフルコースを振る舞ったし……ロザリーも何か思いついたら気軽に言ってくれ」

 まあ、無いなら無い方が俺としては有り難い。
 室内を照らす魔法の灯りを消して、ロザリーと俺はそれぞれのベッドで横になる。

 と、そのときだった。

「……どんな命令でもいいの?」

 ぽつりと声が響いた。
 それはもちろん、ロザリーの声だ。

「ああ、俺にできることならな」
「そう、それなら……」

 罰ゲームの内容を考えているのだろう。真っ暗になった室内に、暫く沈黙が流れる。
 それからすぐ、再びロザリーが口を開いた。

「いつでもいいから、約束を果たして」
「……約束?」

 何の話だろうか。
 ロザリーと約束を交わしたことはないはずだが……。

「こっちの話よ」
「お、おい……」
「おやすみなさい、リジン・エイジェーチ」
「……おやすみ、ロザリー」

 名を呼ばれて思い出す。
 そう言えば、ロザリーは俺の名前を初めから知っていた。

 どうしてだ?

 いや、調べれば分かることだが、それにしたっておかしい。
 過去に何度かモルサル街ですれ違うことはあったかもしれないが、ロザリーが知ることのできるのは、リジン・ジョレイドの名前だけのはずだ。

 ――リジン・ジョレイド。それが俺の真名だ。
 しかし、ロザリーは今、俺のことをリジン・エイジェーチと呼んだ。

 その名は俺が冒険者になるときに捨てたものだ。つまり、十年以上前の名前になる。
 冒険者になってからというもの、一度も口にしたことはないし、その名を知る人物に会ったことはない。
 それを何故、ロザリーが知っているのか。

 問い質すか、否か。
 わざわざその名を口にするということは、ロザリーは何かを知って欲しいのではないだろうか?

 試行を巡らせるも、何も浮かばない。
 その間、ロザリーは何も言わない。おやすみを言ったのだから当然だ。

 そして結局、その夜は何も聞くことができずに眠りにつくことになった。