「二人とも怪我は無いな?」
「ええ。あいつが本気になってからは死を覚悟したけど」
「アレはヤバかったね。心臓が止まりそうだったよ」

 過去、感じたことのない殺気を前にして、さすがのロザリーとレイも命の危機を感じたのだろう。とにかく、無事で何よりだ。

 とはいえ、まだ全てが終わったわけではない。
 山賊の頭であるヤゴンを倒すことはできたが、残党が残っている。

 山賊の一味を一網打尽にすること。それが今回の依頼だ。

「討伐隊を助けに行こう」

 ヤゴンの亡骸から離れて、俺たちは山中を進んで谷あいに顔を出す。
 ノア率いる討伐隊は無事だろうか。そう思って戦況を確認してみると、どうやら要らぬ心配だったようだ。
 討伐隊の手に寄って、山賊の残党たちは一人残らず倒されていた。

「リジンか。どうやら仲間は無事だったようだな」

 山を下り、ノアたちと合流を果たす。
 すると、ノアが俺に気付いて声をかけてきた。

「ああ、おかげさまで。そっちも無事でよかったよ」
「陣形さえ整えば問題ない。ところで、山賊の頭は……」
「それならもう倒した。死体は山の中にある」
「確か、名前はヤゴンと言っていたわ」

 ロザリーが付け加える。すると、ノアはヤゴンの名を聞いて眉を潜める。

「ヤゴン……彼が山賊の頭だったのか」
「知り合いか」
「いや……一昔前、王都で名の売れた元冒険者だ」

 元冒険者だったのか。
 それが何故、山賊の頭になったのか。それは恐らく……。

「当時、既に銀級三つ星だったはずだ」
「銀級三つ星? そんなに上の階級だったのか……」
「腕は確かだったからな。もしあのまま冒険者を続けていれば、今頃金級に手が届いていたかもしれない」

 銀級から上は、滅多に昇級することがない。
 明確な昇級基準が存在せず、ギルドへの貢献度や世界的に脅威となる魔人や魔王級を倒すことで、ようやく昇級するか否か議題に上がる。

 しかし、それでもヤゴンほどの実力者であれば、時間を掛ければ昇級するのも夢ではなかったはずだ。
 それを阻んだのは……やはり、アタッカー不要論なのだろう。

 ヤゴンのジョブはバーサーカーで、純粋なアタッカーだった。
 アタッカー不要論の煽りを受けたのは間違いない。

 どのような過程があったのかは定かではないが、結果としてヤゴンは銀級三つ星の地位を捨て、山賊となった。

「――さて。ぼくたちはこれからヤゴンの亡骸を王都まで運ぶつもりだが、きみたちはどうする?」
「どうするって……何がだ?」
「決まっているだろう? ヤゴンを倒したのはきみたちだぞ? ぼくとしてはついてきてもらえると嬉しいんだがな」

 そういうことか。
 だが、面倒ごとには関わりたくないので却下だな。

「遠慮しておく。俺たちはお呼びじゃないはずだからな」
「何故だ?」
「私たち全員、アタッカーだから」

 横からロザリーが口を挟む。
 その言葉だけで、ノアは「あぁ……」と察してくれた。

「……ただまあ、ぼくも王都に長居するつもりはないし、案内できるわけでもないから、それならそれで構わない。それに、依頼達成の報告を終え次第、サクリク港に戻る予定だ」

 ――サクリク港。
 それは確か、王都を更に北へと進んだ地にある港町の名前だったか。

「しかしだな、ぼくもきみたちと同様にアタッカーだ。見たところ、三人共に良い腕をしているし、何もかも諦めて手放す必要はないとだけ言っておこう」
「……感謝する」

 アタッカー不要論の煽りを受けながらも、ノアはソロアタッカーとしての地位を確立している。その彼が慰めの言葉を掛けてくれている。
 いや、それは慰めではなく、発破をかけているのかもしれない。

 同じアタッカーなのだから、その程度のことで立ち止まる、と。

「ところで、帰りは徒歩移動か?」

 訊ねると、ノアは後ろを振り返り、三台あったはずの馬車の跡を瞳に映す。
 その全てが見事に大破していた。

「なに、これも冒険の醍醐味さ。それにきみたちとも出会うことができた。十分にお釣りが出るだろう」

 グチグチと文句を言うわけでもない。
 現状を受け入れる度量がある。それがノア・ロークという冒険者なのだろう。

「それに……きみたちとは、また会うことになるだろうからな。そのときを楽しみにしておくよ」
「俺たちと?」
「ああ。そんな予感がするんだ。因みにぼくの予感はよく当たる」

 そう言って、ノアは口の端を上げる。しかしすぐにレイが突っ込みを入れる。

「そうね? でもそれならリンツ街に来ないと無理ね」
「リンツ街?」
「俺たちはリンツ街から離れる予定が無いからな」

 説明すると、ノアはクックと笑う。

「だとすれば、次会う場所はリンツ街で決まりだな」
「来たときは俺たちを探してくれ。町を案内するよ。……まあ、俺たちもまだ来たばかりだから、案内できるかは分からないけどな」
「あたしは地元ね! だから余裕で案内するね!」
「ハハハ、そのときが来るのが楽しみでたまらないな」

 互いに握手を交わし、他の冒険者たちとも声をかけ合い、挨拶を済ます。
 谷あいに潜む山賊の一味の討伐を果たした俺たちは、ノア率いる討伐軍と別れると、リンツ街へと戻るのだった。