「そろそろ帰るか……」

 パーティーをクビになり、ソロになった初日の戦果は、二角兎六体止まりとなった。
 もっと倒すこともできたが、回収袋が一杯になってしまったので、今日はここまでにすることにした。

 二角兎六体分の魔石で、大銀貨一枚と銀貨二枚の報酬を受け取ることができる。
 贅沢することはできないが、一日分の戦果としては上出来だろう。

「……ん?」

 裏山を下りて、もうすぐモルサル街が見えるといったところまで来ると、見覚えのある顔を発見する。ユスランたちだ。
 どうやら俺が来るのを待っていたらしい。

「おじさん、何体倒しました?」
「何の話だ」
「分かりますよね? 二角兎ですよ、ほら、僕たちの獲物のことです」
「そうだよ、おっさん。さっさと渡せっての」
「……渡せとは?」
「二角兎のことですよ、おじさま」

 各々が言いたいように口を開き、回収袋へと目を向けている。
 随分とせこい奴らだ。

「横取りするつもりか」
「いえいえ、横取りしたのはおじさんの方ですよ」
「わたしたちは二角兎の討伐依頼を受けています。一方でおじさまは依頼を受けずに善良な冒険者であるわたしたちの邪魔をし続けました。ですよね?」
「面白いことを言うじゃないか」
「はい。わたしってこう見えても狡賢いんです」

 そう言って、カヤッタが表情を緩める。
 ヒーラーの裏の顔を見てしまった気分だ。

 さて、どうするべきか。

 冒険者には、階級が存在する。
 木級から始まり、鉄級、銅級、銀級、そして金級へと続く。
 更に、各級で一つ星から三つ星まで細かく分類される。

 ユスランたちは、つい先日鉄級一つ星に上がったばかりだと言っていた。

 鉄級一つ星は、何一つ戦果を上げなくとも、冒険者登録を済ませてから半年経つだけで、自動的に昇級することができる。

 つまり、最も参考にならない階級ということだ。

 しかしだ、ユスランたちは木級から鉄級に上がったことで、冒険者としての格が上がったと勘違いしている。
 新米冒険者によくある間違いというやつだ。

「冒険者同士での争いは御法度だ。まさかそれを知らないわけでもあるまいな」
「当然、知っていますわ」

 問うと、カヤッタが肯定する。
 知っていて尚、争うつもりなのか。

 ソロのアタッカーというだけで、これほどまでに見くびられるものなのか。
 我がことながら情けなくなる。

「おっさんもさー、ギルドにチクられたくないよな? ソロのおっさんの戯言と、パーティー組んで依頼をこなすあたしたち、どっちの言うことを信じるかって言われたら、断然あたしたちでしょ? だからさー、さっさと渡せっての!」
「依頼を達成できないから、俺の獲物を横取りするんじゃないのか」
「うっさいなー、ほんとおっさんって話が通じないわー」
「ねえ、ユスラン? これ以上話しても時間の無駄だと思うわ。だから懲らしめてあげましょうよ。どうせバレやしないわ」
「いや、そうは言っても、相手は銅級一つ星の冒険者だ。全力でぶつかり合うことになれば、僕たちもただでは済まないだろう」
「心配しないで、あんなおじさん一人、わたしたちの敵じゃないわ」
「そうそう、怪我してもカヤッタが治せばいいだけだし、やっちまった方がいいって! あたしの泥鼠で嚙み殺してやるからさ!」

 随分と物騒な相談をしているが、もはや隠す気もないのだろう。
 とはいえ、何だかんだ言おうと、所詮彼らは鉄級一つ星の冒険者だ。正直に言うならば、ただのゴブリン一体と対峙する方が余程怖い。

 幸いなことに、モルサル街周辺にはゴブリンは生息していない。
 仮に、裏山に巣を作っていたとしたら、モルサル街を拠点に活動する冒険者のうち、半分が命を落とすだろう。

 そう、たとえバランスの取れた三人パーティーが相手だとしても、俺にとってはゴブリン以下の存在ということだ。しかし、

「――あっ、逃げた!」
「えっ? マジじゃん! クソッ、ふざけやがって!」
「どうやら隙を突かれてしまったようだ……」
「わたしよりも狡賢いですわね」

 彼らは人であって、ゴブリンではない。故に、互いに手を出すわけにはいかない。
 だとすれば、選択肢は一つしかない。

 つまり、逃げの一手だ。

 彼らの相手をするだけ、時間の無駄だ。
 だから俺は隙だらけの彼らの横を堂々と駆け出し、モルサル街へと向かった。

「ソロになった途端、これか……」

 無事に裏山を下りてモルサル街に到着し、ようやく足を止める。後ろを振り返るが、ユスランたちの姿は全く見えない。

 ソロになると、面倒ごとが増えて困ってしまう。
 パーティーに属さない限り、これから先もずっとこのままなのだろうか。
 そう思うと、眩暈がしてきた。

 とにかく、狩りはお終いだ。
 二角兎の死体をギルドに提出し、さっさと休むことにしよう。

 本日何度目になるのかも不明だが、俺は特大のため息を吐くのだった。