それは、日を跨いですぐのことだった。

「――ッ」

 一人で見張りをしていると、ここからそう遠くない場所に人の気配を感じ取った。

「……、リジン」
「しっ」

 ロザリーも気付いたのだろう。
 目を開け、気配の出所を探すように視線を彷徨わせる。

「レイ、起きろ。仕事だぞ」
「んぅ……むにゃ……なんね、仕事ね……?」

 レイの肩を軽く叩く。夢の世界から目覚めたレイは、両手で目を擦って欠伸をする。

「ロザリー、よく気付いたな」
「魔力の流れが不自然だったから」

 ジョブ柄、俺は気配の察知に長けている。一方で、典型的なメイジであるロザリーが、俺と然程変わらない速さで気付いたことに驚いた。

 その説明を一言で表されたわけだが、魔力の流れが不自然だと言われても、俺にはさっぱり分からない。

「二人は此処で待機だ。様子を見てくる」

 言うと頷き、ロザリーとレイは気配を消して木の陰に隠れる。
 俺は単独で夜の森を突き進み、気配の元との距離を詰めていく。そして見つけた。

「これは……」

 山賊と思しき輩たちが、暗闇の中を迷いなく歩いている。
 その数は、ゆうに五十を超えていた。

 奴らは谷あいを見渡せる場所に到着し、各々の位置取りを確認し合っている。
 標的は言わずもがな、ノア率いる山賊討伐隊の面々だ。

 非常に不味い。
 両陣営の位置は、圧倒的に山賊側が有利だ。

 モルサル街とリンツ街を繋ぐ谷あいの道中、討伐隊は馬車を停めて野営をしている。
 恐らく、誰一人として山賊の気配を察知することができていないだろう。

 この状況下では、たとえノアが銀級三つ星冒険者だったとしても、一溜りもないだろう。
 闇夜に不意を突かれてしまっては、階級の差も意味がない。

 山賊の一味に気付かれないように来た道を戻ると、ロザリーとレイに状況を伝えた。

「どうするね? 今なら奇襲できるけど」
「私の広範囲攻撃魔法で一網打尽にしてやるわ」

 ブレイブ・リンツのメンバーは好戦的で頼もしい。奇襲自体も適した判断だと思う。
 しかしだ、奴らの実力が定かではない以上、もし反撃を受けた場合、メンバーを失う可能性も出てくる。それだけは絶対に避けなくてはならない。

「……いや、俺たちはあくまでも助っ人だ。奴らの相手は討伐隊に任せる」
「でも、」

 異を唱えようと、ロザリーが声を上げる。
 それを手で止めて、言葉を続けた。

「そしてその間、討伐隊が不利にならないように、各自判断して手を貸すように」
「……それってつまり、暴れてもいいってことかしら?」
「解釈は自由だ」
「やってやるね!」
「但し、無理だけはするな。お前たちはブレイブ・リンツのメンバーで……俺の大切な仲間なんだからな」

 肯定とも取れる返事をすると、レイはやる気を見せる。
 ロザリーは一呼吸置いて心を落ち着かせると、ゆっくりと頷いた。

 ブレイブ・リンツで一番足の速い俺は、回り道をして討伐軍との合流を目指す。そして山賊の一味の位置と数を伝えることにした。

 その一方で、ロザリーとレイは引き続き山中で身を潜める。山賊の後方部から戦況を把握し、討伐隊への援護を行う手筈となった。

「健闘を祈る」
「貴方も」
「任せるね」

 短く言葉を交わしたあと、俺は音も無く山の中を駆け始めた。