「……もう、朝か」

 目覚めが悪い。最悪の気分だ。
 それもそのはず、所属していたパーティーをクビになった翌朝なのだから当然だ。

 二年もの間、此処モルサル街を拠点に、ゴウスルたちと冒険者業を続けてきた。
 上手くいかないことも多々あった。けれども決して仲が悪いわけではなく、力を合わせて共に成長してきた。その甲斐もあって、ゴウスルたちは銅級一つ星に上がることができた。

 だが、俺はクビになった。
 また、ソロに戻ってしまった。

「何度目だよ……はぁ」

 これでもう七度目か?
 ……いや、違うな。確か八度目だ。

 いやはや、クビになりすぎて笑える。
 こんなにたくさんパーティーをクビになった冒険者は居るのだろうか。

「……飯でも食うか」

 気分は最悪でも、腹は減る。
 ギルド併設の宿屋の部屋から出ると、ロビーへと顔を出す。

 どうやら時刻は正午を回っているらしい。
 依頼を受注し、町の外へと出ているのだろう。同業者の姿はまばらだった。
 とはいえ、それでもちらほらと確認することができる。

 併設食堂で真昼間から酒を煽る奴や、ロビーのソファでぐうぐうと居眠りをする奴、依頼掲示板の前に仁王立ちしたまましかめっ面をする奴……。

 ロビーの床が汚れている。
 恐らく、俺が属していたパーティーの送別会でも開いていたのだろう。
 朝一でモルサル街を発ち、王都行きの交易馬車に揺られている頃か。

 食堂に足を運び、適当にご飯を注文する。

「さて、これからどうするかな……」

 パーティーをクビになったことで、久しぶりにソロになったのだから、今日一日ぐらいはゆっくり過ごすのも悪い考えではない。ただ、そうも言っていられない事情がある。

 持ち金が、少ないのだ。

 宿泊代に食事代、武具や魔道具の調達代に、日々の生活で使用する消耗品代など、お金は幾らあっても困らない。
 時間に余裕があるのであれば、今すぐにでも依頼を引き受けるべきだ。それが冒険者業なのだからな。

 ご飯を平らげ、腹が膨れたところで、依頼掲示板の前へと足を運んでみる。
 しかめっ面の女性が、まだ仁王立ちしていた。お眼鏡に叶う依頼が無いのかもしれない。

 メイジらしき服装をしているが、周りに仲間は居ないようだ。つまり、俺と同じ立場か。
 ソロは辛いな。

 気を取り直して、俺は掲示板に貼られた依頼書に目を通していく。
 しかし何もない。

 否、依頼はたくさんあるのだが、ソロでも受注可能な依頼が全くないのだ。

 ここから東のリンツ街へと続く谷に潜む山賊の討伐、モルサル街の裏山に作られたコボルトの巣の解体、及び群れの討伐、交易馬車の護衛依頼など……。
 ソロでは受注不可能な依頼がたくさん貼られてある。

 では、ソロの冒険者はどんな依頼を受注することができるのかというと……。

「雑草抜き……野草採り、ギルドロビーの清掃にドブ攫い……引っ越しの手伝い……」

 頭を抱えたくなる。
 どれもこれも、冒険者である必要のないものばかりだ。

 もっと大きな町へ、たとえば王都のギルドにでも行くことができれば、ソロでも受注可能な依頼がたくさんあるのかもしれない。

 だが、ここは新米冒険者が集まるモルサル街のギルドだ。
 当然、魔物討伐関係の依頼は少ない。

 モルサル街の周辺に生息する魔物は全体的に弱く、新米冒険者には打って付けの狩場と言えるだろう。
 王都出身の奴らが、わざわざ経験を積むためにここを利用するぐらいだ。

 無論、依頼には無くとも、魔物を倒せばそれに見合った報酬を得ることができる。単発の依頼とは別に常設依頼が存在し、それが該当する。

 但し、単発の依頼とは異なり、常設依頼は報酬が少ない。
 素材を回収すれば、それなりの額になるのだが、ソロでいったいどれほどの素材を持ち運ぶことができるというのか。

 文句があるなら、拠点を王都へと移せばいい。
 しかしそう簡単にはいかない。

 モルサル街から王都までの道程は一週間ほどかかるし、道中危険もある。
 交易馬車に乗ることで短縮することはできるが、それにしたって乗車代を支払わなければならない。

 護衛依頼を受注し、ただで乗せてもらうことも不可能ではないが、ソロのアタッカーでは依頼を受注することができない。

 つまり、大人しく乗車代を支払うしかないということだ。

 仮に王都へと拠点を移したとしても、モルサル街とは物価も違うし、王都周辺の魔物は此処よりも圧倒的に強い。

 魔物を倒すことができなければ、報酬を得ることができない。
 だと言うのに、宿屋の宿泊代は桁が違うから、すぐに手持ちがゼロになる。

 昔は俺も王都を拠点に活動していた。
 だが、実力が足りずにモルサル街に出戻りすることになった。

 そして五年前にアタッカー不要論が出始めると、その煽りを受けてパーティーをクビになってしまった。

 いつか必ず王都で活躍してみせると夢見て、五年の月日が流れた。

 いつしか時代は完璧にアタッカー無しへと変わってしまっていた。

 モルサル街を拠点にしてから出るに出られず、新米冒険者のパーティーを見つけては仲間に加えてもらう立場になっていた。そして彼らが成長すると、俺はお役御免となり、パーティーをクビなる。その繰り返しだった。

 もう、冒険者なんて辞めた方がいいのかもしれない。その方が苦しまずに済むだろう。けれども生活をするには冒険者を続けるほかに道はない。

 生きるも地獄、死ぬも地獄。
 八方塞がりとはこのことだ。

「……適当に狩るか」

 とにかく、ソロでの目ぼしい依頼は一つもない。
 仕方がないので、今日は一人で裏山に入って適当に魔物を探すことにしよう。

 深いため息を吐いたあと、俺は未だにしかめっ面を続ける女性の顔を一瞥し、依頼掲示板の前から足を動かすことにした。