「……しまった」

 目が覚める。
 どうやら中途半端に眠ってしまったらしい。

 窓の外に目を向けると、既に日は暮れつつあった。
 しかし今からでも遅くはない。少しだけ、夕暮れのリンツ街を散策してみるか。

 部屋の鍵をかけ、外へと出る。
 リンツ街の街並みはどこか落ち着いて見える。決して人口が少ないわけではないが、それでもやはりモルサル街と比べて四分の一ほどになるので、ゆっくりと時間が流れているように思えた。

「おう、見ない顔ってことは、新しい冒険者だろ? そうだろ」
「リジンです。今日からこの町のお世話になります」
「はっは! よろしく頼むぜ、あんたらが居るから安心して暮らせるんだからよ!」

 町民とすれ違う度に、軽く挨拶を交わす。
 リンツ街では新顔になるので、こうやって顔を覚えてもらう必要がある。この町に住む人たちにとっても、知らない人間がうろつくよりも安心するはずだ。

 しかし、それにしても冒険者が少ない。

 食堂のおばさんからの情報では、リンツ街の冒険者の数は三十名に満たない。
 実際、ギルドに顔を出したときも、他の冒険者の姿は一人も見かけなかったし、街中でもそれらしき格好をした人物はいない。

 最初は、依頼を受けて出払っているだけだと思っていたが、稼げる魔物が居なければ生活するのもままならないのだろう。

 まあ、それでもここは良さそうな町だ。
 いろんなお店もあるし、冒険者を辞めたあとも、働き口には困らなそうだ。

「ここが……」

 暫く歩くと、森が姿を現した。
 これが噂のエルフの森か。リンツ街と完璧に隣接していることに驚いてしまった。

 とここで、森の奥から視線を感じた。

「……興味はあるが、まだ死にたくはないからな」

 視線の先を見るが、何も起こらない。
 とはいえ、ここから一歩でも足を踏み入れたならば、命の保証はなさそうだ。
 故に、俺はその場から引き返すことにした。

 宿屋に戻る頃には、すっかり暗くなっていた。
 ギルドの扉を開けてロビーへと入ると、他の冒険者の姿がちらほらと見つかる。彼らが数少ないリンツ街の先輩冒険者なのだろう。

 依頼掲示板の前には見知った姿もある。ロザリーだ。

「良さそうな依頼はあったか」

 ロザリーの隣に並び立ち、横から声をかけてみる。
 チラ、とこちらに視線を向けるが、ロザリーはすぐに前へと戻した。

「全くダメね」

 バッサリと言うじゃないか。
 言われて俺も依頼掲示板に目を通してみる。

「……うん、確かに微妙だな」

 ソロでも発注可能な依頼はあるが、パーティー対象の依頼でさえも、ろくなものがなかった。

「この町は温そうね」
「……だろうな」

 ロザリーの指摘に、俺は思わず肩を竦めた。
 この町で冒険者として生きていくには、元々たくさんの金を持っているか、引退間際か、それともただの道楽か、少なくとも俺は一つも当て嵌まることがない。

「ここが潮時か……」
「貴方、まさか辞めるつもり?」
「……金級を目指して家を飛び出したが、結局は何者にも成れず、ただの銅級冒険者として埋もれているからな」

 理解はしている。
 でも、諦めたくなかったから、今日までしがみついてきた。
 しかし現実は非情だ。俺程度の冒険者は、世の中に幾らでも居る。

「アタッカーとして生きてきたことを……後悔しているの?」
「いいや、それはない。今更変わることもできないし、変わることができたとしても、俺はアタッカーのままで居ると思う」

 たとえ思い通りに行かなかったとしても、これが俺だ。アタッカーである俺が、今の俺を作り上げたのだ。
 だからそれを否定することは決してない。

「そう」

 一言、小さな返事が耳に届く。
 同じアタッカーとして、何か思うところがあるのかもしれない。

「……夕食、一緒にどうだ?」
「構わないわ」

 明日以降、どうするのかまだ分からない。
 けれども今日の俺はまだ冒険者の一人だ。せっかくなので、同じく冒険者のロザリーを食事に誘った。
 昼食と同じく、ギルドの食堂で食べることにした。

     ※

「ねえ」

 注文を終えて料理を食べ始めるが、ロザリーは手を付けずに顔をしかめている。
 何か考えごとだろうか。

「どうした」
「一つ、提案があるんだけど」
「提案?」
「ええ」

 そう言うと、ロザリーは俺の目を真っ直ぐに見つめて、口を開いた。

「リジン・エイジェーチ、この私とパーティーを組みなさい」