リンツ街のギルドに併設された宿屋に足を運び、宿泊代を支払った。
 用意された部屋の鍵を開けて中に入ってみる。ギルド併設の宿屋ということもあって、モルサル街のそれと基本的な造りは同じようだ。

「……まずは風呂だな」

 道中の疲れと汚れを落とすためにも、風呂に入りたい。
 しかしベッドに腰掛けると、ついそのまま横になってしまった。

 二日振りのベッドは、とても気持ちがいい。
 このままでは今すぐにでも眠ってしまいそうだ。

 それにしても、まさかリンツ街に来ることになるとは思ってもみなかった。

「もう一度、王都を目指してたんだけどな……」

 自嘲する。
 それは叶わない夢か幻か。

 瞼を閉じると、急激な睡魔に襲われる。
 風呂に行かなくてはと思いつつも、ベッドに沈んだ体が動くことはない。
 そして俺は、夢の世界へと誘われてしまった。

     ※

 リジン・ジョレイドは、小国ホビージャの生まれだ。
 エイジェーチ家は子爵位の貴族だが、リジンは母の連れ子であり、エイジェーチ家との血の繋がりは一切ない。
 故に、家督を継ぐことはなかった。

 実の母親と、新しい父親、そして三人の兄弟からは、存在自体を否定されていた。だからリジンにとってエイジェーチ家での生活は居心地の悪いものでしかなかった。

 そんなある日のこと、とある勇者パーティーの活躍がリジンの耳に入った。

 世界にたった五名しか居ない金級三つ星の冒険者。
 彼らは、一人一人が【勇者】の称号を授かっていた。

 そのうちの一人が、パーティーの仲間たちと共に、魔王の右腕とされる魔人の討伐を果たしたのだ。

 彼らの中には、貴族階級の生まれは一人もいない。全員が田舎の小さな村の出身だ。
 それでも腕っぷしと勇敢さを武器に冒険者として成り上がり、いつしか世界中から称賛されるまでに成長していた。

 いつか、いつか自分も彼らみたいになりたい。
 信頼できる仲間を得て、共に世界中を旅してみたい。
 冒険者として名を上げ、ゆくゆくは金級三つ星の冒険者となり、【勇者】の称号を手にしたい。
 子供ながらに、リジンは大それた夢を抱くようになっていた。

 そして決めた。
 ギルドで冒険者登録が可能となる十八歳になると同時に、エイジェーチ家を出ることを。

 有言実行。
 リジンは十八歳の誕生日に、家を出て冒険者になると両親に伝えた。

 すると、あっさりと許可される。
 しかしながら、エイジェーチ家とは今後一切関わりを持たないことが条件だった。つまり、リジンはエイジェーチ家から追い出されたのだ。

 それでも、リジンの心は晴れやかだった。

 ようやくエイジェーチ家との柵から解放される。
 これからは、自由に自分が思い描いた人生を生きていくことができるのだ。

 リジンの足取りは軽かった。
 その行き先はもちろん、冒険者ギルドだ。

 だが、リジンはまだ知らなかった。
 この日から五年後、自分が憧れた金級三つ星の冒険者――【勇者】の称号を持つ人物が、アタッカー不要論を世界中に浸透させることになるとは……。

 そしてもう一つ。
 リジンには婚約相手が居たということを……。