場所はモルサル街の裏山。
 時刻はリジンとロザリーがリンツ街まで徒歩移動するときまで遡る。

「いたぞ! 灰色狼だ!」
「あれが裏山に潜む魔物の上位種……! ユスラン、泥鼠を召喚するから引き付けといて!」
「ああ、任せてく……うわっ、速い!」
「ッ!! ユスランッ、大丈夫!?」
「う、腕が! 腕を噛まれた! カヤッタ! 早く回復魔法を掛けてくれ!」
「待って! すぐに唱えるわ! ――って、ちょっと! 灰色狼がこっちを見てるわ!」
「おい! 早く回復してくれ!」
「フージョ! 召喚魔法はまだなの!? あたしが狙われたらお終いなのよ!!」
「うっさいのよ! 召喚魔法ってのは繊細なんだよ! 集中しないと失敗するから黙って待ってろっての!」
「うぅ、それより早く僕の腕を治してくれ……!」
「ひいっ、もう一体いる!! どうするのよ! これどうすればいいのよ!」
「っっっ、失敗した! カヤッタがごちゃごちゃうるさいから召喚できないんだけど!」
「――おい? お前たち大丈夫か!」
「ッ!? たっ、助けてくれ! 灰色狼に殺されてしまう!」

     ※

「……うぅ」
「まだ痛む?」
「ああ、少しね……」
「ユスラン、可哀そう……。どこかのテイマーが召喚魔法に失敗していなければ、わたしもすぐに回復魔法を使うことができたのに……」
「おい、それあたしに喧嘩売ってんの?」
「? わたくし、一言もフージョの名を口にしてはいませんよ?」
「テイマーって言ったろ! 名指ししたようなもんじゃねえか!!」

 二体の灰色狼と対峙し、死を覚悟してから数時間後。
 ユスランたちはモルサル街の酒場で管を巻いていた。
 灰色狼との交戦中、他の冒険者パーティーに助けられたことで、何とか命からがら町に戻ることができていた。

 二角兎の指定依頼から、更に二つ続けて依頼を失敗している。
 灰色狼に噛まれた腕は、カヤッタの回復魔法で傷口を修復したのだが、あまり効果が無いらしい。今もまだ痛みが取れずに、ユスランは苦悶の表情を浮かべている。

 そして、それが原因でテイマーのフージョとヒーラーのカヤッタが責任の押し付け合いをする始末だ。

「ふんっ、ヒーラーが聞いて呆れるっての」

 鼻息荒く、フージョが酒を煽る。
 コップ一杯を一気飲みしたあと、カヤッタの顔を睨み付けた。

「ユスランの傷を治せないなら、あたしたちのパーティーに居る意味ないんだけど?」
「それはこっちの台詞よ。貴女がもっと早く薄汚い鼠を召喚していれば、ユスランもこんな目には遭わなかったはずだもの」
「今なんつった!? 薄汚いだと!!」
「まあもっとも、鼠が狼に勝てるとは到底思えないけどね」
「ふざけた口利きやがって! カヤッタ、お前なんかあたしたちの後ろでオロオロするしか能がねえだろーが!」
「ヒーラーが前に出てどうするのよ? あとわたし、オロオロなんてしていませんから」
「もういい、二人とも黙ってくれ」

 口喧嘩を続ける二人を宥めるように、ユスランが口を挟む。
 その目は、ここには居ない人物を映そうとしている。

「元はと言えば、これも全部彼らのせいだ」

 それはもちろん、リジンとロザリーのことだ。
 ユスランは、現状がその二人によって引き起こされたものだと考えている。

「この借りは……絶対に返す」
「……じゃあ、追いかけないとな」
「そうですね。それにはわたしも賛成です」
「決まりだな」

 すっくと席を立ち、腕を庇いながらも心を決める。

「……恥を掻かされたままでは我慢ならない。彼らに一泡吹かせてやるんだ」

 この日、リジンとロザリーの背を追いかけることを決めたユスランたち。
 それからすぐに、王都から到着した交易馬車に乗り込んで、リンツ街へ向けて出発する。

 しかし、彼らは気付いていなかった。
 ――否、彼らだけではない。

 リジンも、ロザリーも、ギルド職員のイルリも、ギルドマスターも、そして山賊もどきの御者でさえも。

 モルサル街とリンツ街を結ぶ谷あいには、本物の山賊が潜んでいるということを……。