タンク、ヒーラー、そしてアタッカー。
 冒険者同士でパーティーを組み、魔物と戦うには、この三つの役割が重要となる。

 タンクは、仲間に攻撃の手が向かないように前衛に立ち自らを盾とする。
 ヒーラーは、パーティーの仲間たちの回復に努める。
 アタッカーは、パーティー内の誰よりも率先して魔物へと攻撃をする。

 この三つに加え、補助魔法を得意とするサポーターも存在し、ここから更に細かいジョブの違いこそあるが、大まかな役割はこの三つとなる。

 だが、時代は変わる。
 冒険者にも流行り廃りがある。

 タンクがいれば、魔物の攻撃から仲間たちを守ることができる。
 ヒーラーがいれば、仲間たちが怪我をしてもすぐに回復することができる。
 テイマーがいれば、魔物を使役してアタッカーの代わりに戦わせることができる。

 ……では、アタッカーは?

 あるとき、誰かが言った。
 ――アタッカーは必要ない、と。

 一括りにアタッカーとは言っても、攻撃に特化したアタッカーや、サポーターのように自らバフやデバフを掛ける者もいる。

 しかしながら、そのいずれもが不要だと指摘されたのだ。

 曰く、魔物との戦闘行為は、テイマーが使役する魔物に任せていればいい。
 アタッカーが前衛でウロチョロしていると、むしろテイマーやタンクの邪魔だ。

 テイマーが使役する魔物が敵の攻撃を受けて傷を負ったとしても、それはあくまでも使役された魔物でしかない。

 故に、タンクはアタッカーのときのように気を張る必要が無くなるし、ヒーラーも回復魔法を使用する頻度が下がる。つまり、タンクとヒーラーの負担が減るということだ。

 テイマー自身も、使役する魔物と共に攻撃に参加するわけではないので、安心安全の戦闘行為を傍観することができる。

 これまでは、アタッカーが居たから常に緊張していた。
 ヒーラーが率先して傷を治す相手はタンクなのだから、アタッカーに怪我でもされたら仕事が増えてしまう。だから攻撃をしないでヒーラーの後ろに引っ込んでおくべきだ。

 否、むしろ居ない方がいい。
 アタッカーはパーティー内に存在しなくていい。

 テイマー、タンク、ヒーラー、そこにお好みでサポーター。
 以上、アタッカー要らずのパーティーが、今の時代の常識となっていた。

 そして今宵、そんなアタッカー不要論の煽りを受ける冒険者がまた一人、現実を突き付けられていた。

「話ってなんだ」
「リジン、言わなくても分かるだろ? おれたちのパーティーの今後についてだ」

 今朝、俺たちが受注した依頼は、はぐれゴブリンの討伐だ。
 その依頼を無事に達成した俺たちは、冒険者ギルドに併設された食堂の席に着き、反省会を兼ねて共に食事をしている最中だった。

 そんなときに、仲間の一人が声を上げ、俺の名を口にした。
 リジン・ジョレイド。それが俺の名前だ。

「リジン、おれたちがモルサル街を拠点にしてから、もうすぐ二年になる。途中でパーティーに加わったお前は、既に銅級一つ星だったが、おれたちもようやくお前に追いつくことができた。本当に感謝してる」

 彼の名はゴウスル。歳は俺よりも十歳若いが、パーティーのリーダーをしている。
 ゴウスルは俺と目を合わせ、首を垂れた。

「仲間だろ、礼なんて必要ないさ」
「いや、言わせてくれ。そうしないとおれたちは次のステップに進むことができない」
「……次のステップ?」

 何のことか分からず、俺は眉を潜めた。すると、

「そろそろ、拠点を王都に移そうと思うんだ。ほら、おれたち全員、銅級一つ星になっただろ? それにここいらの魔物じゃ弱くて物足りなくなったし」

 なるほど、と頷いた。
 王都周辺は此処よりも強い魔物がたくさんいる。銅級に上がったことで、腕試しをしたくなったのだろう。

 しかし油断は禁物だ。
 過去に俺は王都へと拠点を移し、暮らしていくことができずに引き揚げている。その経験があるからこそ、このパーティーと共に拠点を移して成功できるか否か、思案する。

 だが、俺の思考は全く意味のないものだった。

「それでだ、リジン。これを機に、お前にはパーティーを抜けてもらいたい」
「……は?」

 つい、声が出た。
 それは聞き間違いだろうか。

「理由については、薄々気づいていると思うが……」
「……俺が、アタッカーだからか?」

 問いかける。
 ゴウスルはゆっくりと頷いた。

「二年前、まだ新米冒険者だったおれたちの仲間になってくれて、色んなことを教えてくれたよな……。リジン、お前のことは尊敬しているし、本当に感謝しているんだ」

 その言葉に、嘘や偽りはない。
 ゴウスルとの付き合いは二年になるのだから、その人柄も知っている。

 だからこそ、辛かった。
 ゴウスルが「でも、」と付け加えたことが……。

「これから先……おれたちのパーティーにアタッカーは必要ないんだ」
「待ってくれ、ゴウスル。アタッカーが居なければ魔物を倒すのが――」
「今日の戦闘を思い出せ、リジン」

 反論する間もなく、ゴウスルが口を挟む。
 共に食事するパーティーの仲間たちに目を向けるが、一言も発さない。無言で俺たちのやり取りを聞いている。

「はぐれゴブリンとの戦闘中、お前は終始お荷物だった」
「お荷物だと? この俺が?」
「ああ……違うと思うか?」
「当然だ。はぐれゴブリンを倒したのは俺だぞ。それに、途中で遭遇したスライムや山鼠に関しても、俺が一番多く倒したはずだ」

 俺は活躍した。
 間違いなく役に立っていたはずだ。

 だと言うのに、ゴウスルは首を横に振る。

「そのせいで、こっちがどれほど苦労したのか……気付いていないんだな」
「……苦労?」
「リジン、お前の自分勝手な攻撃のせいで、おれたちは尻拭いするのに必死だったんだ」
「それは聞き捨てならないな」

 このパーティー内で、俺はアタッカーとしての役割を果たしている。
 それを否定し、挙句には尻拭いしたと言われてしまえば、心中穏やかではない。

 しかし、ゴウスルは引かない。
 そしてあの言葉を口にした。

「――アタッカー不要論」
「っ、ゴウスル、お前……!」
「五年前になるかな……【勇者】の称号を持つ金級三つ星の冒険者の話だ」

 その人物は、自身がアタッカーであるにも関わらず、世にアタッカーは不要であると論じた。【勇者】の称号を持つほどの人物の言葉だ。アタッカー不要論が世界へと広まるのに、然程時間はかからなかった。

「おれたちのパーティーには、テイマーのおれが居る。魔物との戦闘行為は、おれが使役する魔物に全て任せればいい」
「しかしだな、意思疎通や咄嗟の判断が――」
「リジン、お前と肩を並べて戦うのは神経を使うんだ。それに比べると、おれが使役する魔物は命令に従って行動してくれるし、たとえ倒されたとしても所詮は魔物だ。死んだら新しい魔物を使役すればいい」

 淡々と、ゴウスルは非情な言葉をかけていく。

「リジン、お前もアタッカーなら分かるはずだ。おれたちが冒険者になる前の段階で、既にアタッカーの需要は減っていた……それなのに、おれたちのパーティーの仲間として活動できただけでも運が良かったと思ってほしいんだ」
「……運が良かった、か」

 言われた瞬間、俺はゴウスルから視線を外し、天井を見る。
 このパーティーとは長くやっていけると思っていたが、どうやら俺の勘違いだったらしい。

「もういい……言いたいことは分かった」

 深く深く息を吐く。
 そして俺は、再びゴウスルと目を合わせた。

「要するに、俺はクビってことだな?」
「すまない」

 もう一度、ゴウスルが首を垂れる。
 それからすぐに、革袋から硬貨を数枚取り出すと、俺の席の前に置いた。

「今日の報酬分だ」
「必要ない」

 受け取りを拒否し、俺は席を立つ。
 ゴウスルを始めとするパーティーの元仲間たちを一瞥し、口の端を上げて強がる。

「俺からの餞別だ」

 それだけ言い残し、俺は彼らの許を離れた。