「テイリー? 貴方いったい何を……」
「しらばっくれても無駄だ! オレは見たんだ! 屋敷の地下室で……レミーゼ様と、公爵様の……亡骸を……ッ!!」
見られていた……。
あたしの知らぬ間に、どうやらテイリーは地下室に足を運び、二人の亡骸を見てしまったらしい。
「……いつ、入ったの」
「地下室の掃除を命じただろう……!」
地下室の……掃除を?
いったいいつ、あたしがそんなことを命じたというのか。
「……あ」
思い出す。
あれは、あたしがアンとドゥを助けるために地下牢へと向かう前のことだった。
確かあのとき、テイリーは、掃除でもしておきますと言っていた。そしてその意味を知らないあたしは、確認もせずに頼んでしまった。
テイリーの言う掃除とはつまり、屋敷の地下室を綺麗にすることだったのだ。
「……地下室を訪れたとき、オレは自分の目を疑った」
不覚だ。
もっと、テイリーを観察するべきだった。レミーゼの直属兵なのだから、深い部分まで関わっていて当然だったのに、注視してこなかった。
「そして同時に、オレは自分を恥じた……」
テイリーはレミーゼの直属兵であり、拷問部屋の掃除係でもあったというわけだ。
「どうして、もっと早く気付かなかったのかと……ッ!!」
いつものように屋敷に入り、亡くなった奴隷や血痕などの掃除をするために、テイリーは地下室へと向かった。そして見た。
己が忠誠を誓った公爵令嬢レミーゼ・ローテルハルクと、アルバータ公爵の亡骸を……。
「言え……お前は何者だ!」
「……たとえ言ったとしても、貴方には理解できないわ」
「っ、あの奴隷が! 本当のお前なんだろう!? 正直に言えっ!!」
トロアは、あたしであってあたしではない。
この世界の住人であるテイリーには、本当のあたしを理解することはできないだろう。
でも、それでいい。
理解しない方がテイリーのためだ。
「言わなければ、この場でお前を……殺す!」
「いいわ」
殺す、とテイリーは叫んだ。
そしてあたしは、何も考えずにその返事が口から出た。
「……は、は? 死んでも構わないとでも言うつもりか……?」
「ええ、あたしのすべきことは全て終えたと思っているし、ここが年貢の納め時なのかもしれないわね」
元々、あたしはこの世界の住人ではない。
トロアの体を乗っ取っただけのイレギュラーな存在だ。
あたしが死ねば、トロアも死ぬことになるかもしれない。それに、フレアも悲しむことになるだろう。
だけど、それ以上に……今あたしの目の前にいるテイリーが、もっと悲しくて苦しくて堪らなそうな顔をしているのが……見ていられなかった。
推しだからとか、そんなのは関係ない。
ただ単に、そう感じてしまったのだ。
「一思いに殺りなさい。間違えて抵抗しちゃうかもしれないから」
「っ、本気なんだな……!」
逃げることはできる。
反撃して、テイリーを殺すことだって……できる。
でも、やらない。
嘘を吐くのは、もうたくさんだ。
死を以って償おう。それがテイリーに対するあたしからの覚悟だ。
「【炎剣】発動……! これでお前を焼き斬る!」
「ふふ、それだと結構苦しむかもしれないわね」
「黙れ!」
テイリーがそれを所望するなら、あたしは従うまでだ。
目を瞑り、あたしはゆっくりと深呼吸する。そして、
「……死ね、……死ねっ、……死ねっ! うおおおおおおおおっ!!!!」
テイリーの心の叫びが木霊する。
でも……あたしはまだ、死んでいない。
「……?」
目を開けてみる。
すると、テイリーは【炎剣】を解除し、その場に両膝をついて泣いていた。
「どうして……どうしてなんだ……! どうしてお前は……ローテルハルクを……! サイダールの手から……救って、くれたんだ……っ」
手を止めた……その理由。
それは、この世界であたしがシナリオを変えたのが原因だった。
レミーゼに成り済ましたあたしは、王国との全面戦争を回避するために尽力した。
そして、衝突の根本であるサイダールの首を獲ってみせた。
その行為は、決して正義感から来たものではない。
流れゆくままに身を任せていたら、そうなっていただけのことだ。
でも、結果的にあたしはローテルハルク領と、大勢の民たちを救ったのだ。
「うっ、……ぐっ、ううううっ、お前が! ……ただの、ただの化物であれば……罪人であったならば、どんなに良かったことか……ッ」
気付けば、【拘束】が解かれていた。【解除】したのはあたしではない。テイリーが自らの意思で【解除】したのだ。
「テイリー……」
「……無様だろう? オレは……主君を守ることも、その仇を討つことも……何も成すことのできない、ただの出来損ないだ……」
ゆっくりと立ち上がり、あたしはテイリーを見下ろす。
今も涙を流すテイリーは、自分の生き方に嫌気が差したのかもしれない。
「……殺せ。オレを殺してくれ」
「なぜ?」
「もう、何も成せないオレには生きる価値もない……だから、せめてお前の手でオレを殺せ……」
最初に死を覚悟したのは、あたしだった。
だけどいつの間にか、テイリーとあたしの立場は入れ替わっていた。でもね、
「断るわ」
あたしは、その申し出を断った。
「……何故だ? 今が最大の好機だぞ? お前がレミーゼ様として生きていくには、オレが邪魔なはずだ……」
「この屋敷で、あたしは二度の死を迎えたわ」
「二度の……?」
「一度目は、レミーゼを殺すことで……レミーゼに成り済ますことで、あたしは自分の姿を殺すことになった」
本来の転生先はトロアだ。でも、その姿で居ることができなくなってしまった。
「そして二度目は……今ここで貴方に殺された」
「っ、オレは殺していない!」
「いいえ、殺したの。貴方は確かに、レミーゼに成り済ましたあたしを……だけど、殺せなかった。殺し切ることができなかった……。貴方は仕損じたのよ、このあたしをね……」
「貴様! オレを嗤うつもりか……!」
「よく耐えたと褒めているのよ」
それは、心の問題だった。
死を覚悟したことで、あたしは今の自分を素直に受け入れることができたのだ。
同時に、テイリーも寸でのところで耐えることができた。
もし仮に、ここであたしを手にかけてしまったら、ローテルハルク領は詰んでいた。
領主だけでなく、領主代行のあたしまで居なくなってしまっては、未来は閉ざされていたことだろう。
「……それでも、まだあたしを殺し足りないと言うのであれば、もう一度……殺せばいいわ。今度こそ、確実に……」
それは、テイリーに宛てた挑戦状だ。
いつでも構わない。殺りたいなら殺ればいい。
「だから、そのときが来るまで……あたしの傍で生きなさい」
「っ」
「これは命令よ、テイリー」
そう言って、あたしは手を差し伸べる。
拒否権は無い。そんなものはあたしが許さない。
「……化物め」
ぽつりと呟き、テイリーはあたしの目を見た。……否、睨み付けてきた。そして一言、
「いいだろう……いつか必ず、お前を殺してやる」
そう、宣言された。
「楽しみにしておくわ」
だからあたしは、レミーゼが浮かべるような不敵な笑みで返してあげた。
「しらばっくれても無駄だ! オレは見たんだ! 屋敷の地下室で……レミーゼ様と、公爵様の……亡骸を……ッ!!」
見られていた……。
あたしの知らぬ間に、どうやらテイリーは地下室に足を運び、二人の亡骸を見てしまったらしい。
「……いつ、入ったの」
「地下室の掃除を命じただろう……!」
地下室の……掃除を?
いったいいつ、あたしがそんなことを命じたというのか。
「……あ」
思い出す。
あれは、あたしがアンとドゥを助けるために地下牢へと向かう前のことだった。
確かあのとき、テイリーは、掃除でもしておきますと言っていた。そしてその意味を知らないあたしは、確認もせずに頼んでしまった。
テイリーの言う掃除とはつまり、屋敷の地下室を綺麗にすることだったのだ。
「……地下室を訪れたとき、オレは自分の目を疑った」
不覚だ。
もっと、テイリーを観察するべきだった。レミーゼの直属兵なのだから、深い部分まで関わっていて当然だったのに、注視してこなかった。
「そして同時に、オレは自分を恥じた……」
テイリーはレミーゼの直属兵であり、拷問部屋の掃除係でもあったというわけだ。
「どうして、もっと早く気付かなかったのかと……ッ!!」
いつものように屋敷に入り、亡くなった奴隷や血痕などの掃除をするために、テイリーは地下室へと向かった。そして見た。
己が忠誠を誓った公爵令嬢レミーゼ・ローテルハルクと、アルバータ公爵の亡骸を……。
「言え……お前は何者だ!」
「……たとえ言ったとしても、貴方には理解できないわ」
「っ、あの奴隷が! 本当のお前なんだろう!? 正直に言えっ!!」
トロアは、あたしであってあたしではない。
この世界の住人であるテイリーには、本当のあたしを理解することはできないだろう。
でも、それでいい。
理解しない方がテイリーのためだ。
「言わなければ、この場でお前を……殺す!」
「いいわ」
殺す、とテイリーは叫んだ。
そしてあたしは、何も考えずにその返事が口から出た。
「……は、は? 死んでも構わないとでも言うつもりか……?」
「ええ、あたしのすべきことは全て終えたと思っているし、ここが年貢の納め時なのかもしれないわね」
元々、あたしはこの世界の住人ではない。
トロアの体を乗っ取っただけのイレギュラーな存在だ。
あたしが死ねば、トロアも死ぬことになるかもしれない。それに、フレアも悲しむことになるだろう。
だけど、それ以上に……今あたしの目の前にいるテイリーが、もっと悲しくて苦しくて堪らなそうな顔をしているのが……見ていられなかった。
推しだからとか、そんなのは関係ない。
ただ単に、そう感じてしまったのだ。
「一思いに殺りなさい。間違えて抵抗しちゃうかもしれないから」
「っ、本気なんだな……!」
逃げることはできる。
反撃して、テイリーを殺すことだって……できる。
でも、やらない。
嘘を吐くのは、もうたくさんだ。
死を以って償おう。それがテイリーに対するあたしからの覚悟だ。
「【炎剣】発動……! これでお前を焼き斬る!」
「ふふ、それだと結構苦しむかもしれないわね」
「黙れ!」
テイリーがそれを所望するなら、あたしは従うまでだ。
目を瞑り、あたしはゆっくりと深呼吸する。そして、
「……死ね、……死ねっ、……死ねっ! うおおおおおおおおっ!!!!」
テイリーの心の叫びが木霊する。
でも……あたしはまだ、死んでいない。
「……?」
目を開けてみる。
すると、テイリーは【炎剣】を解除し、その場に両膝をついて泣いていた。
「どうして……どうしてなんだ……! どうしてお前は……ローテルハルクを……! サイダールの手から……救って、くれたんだ……っ」
手を止めた……その理由。
それは、この世界であたしがシナリオを変えたのが原因だった。
レミーゼに成り済ましたあたしは、王国との全面戦争を回避するために尽力した。
そして、衝突の根本であるサイダールの首を獲ってみせた。
その行為は、決して正義感から来たものではない。
流れゆくままに身を任せていたら、そうなっていただけのことだ。
でも、結果的にあたしはローテルハルク領と、大勢の民たちを救ったのだ。
「うっ、……ぐっ、ううううっ、お前が! ……ただの、ただの化物であれば……罪人であったならば、どんなに良かったことか……ッ」
気付けば、【拘束】が解かれていた。【解除】したのはあたしではない。テイリーが自らの意思で【解除】したのだ。
「テイリー……」
「……無様だろう? オレは……主君を守ることも、その仇を討つことも……何も成すことのできない、ただの出来損ないだ……」
ゆっくりと立ち上がり、あたしはテイリーを見下ろす。
今も涙を流すテイリーは、自分の生き方に嫌気が差したのかもしれない。
「……殺せ。オレを殺してくれ」
「なぜ?」
「もう、何も成せないオレには生きる価値もない……だから、せめてお前の手でオレを殺せ……」
最初に死を覚悟したのは、あたしだった。
だけどいつの間にか、テイリーとあたしの立場は入れ替わっていた。でもね、
「断るわ」
あたしは、その申し出を断った。
「……何故だ? 今が最大の好機だぞ? お前がレミーゼ様として生きていくには、オレが邪魔なはずだ……」
「この屋敷で、あたしは二度の死を迎えたわ」
「二度の……?」
「一度目は、レミーゼを殺すことで……レミーゼに成り済ますことで、あたしは自分の姿を殺すことになった」
本来の転生先はトロアだ。でも、その姿で居ることができなくなってしまった。
「そして二度目は……今ここで貴方に殺された」
「っ、オレは殺していない!」
「いいえ、殺したの。貴方は確かに、レミーゼに成り済ましたあたしを……だけど、殺せなかった。殺し切ることができなかった……。貴方は仕損じたのよ、このあたしをね……」
「貴様! オレを嗤うつもりか……!」
「よく耐えたと褒めているのよ」
それは、心の問題だった。
死を覚悟したことで、あたしは今の自分を素直に受け入れることができたのだ。
同時に、テイリーも寸でのところで耐えることができた。
もし仮に、ここであたしを手にかけてしまったら、ローテルハルク領は詰んでいた。
領主だけでなく、領主代行のあたしまで居なくなってしまっては、未来は閉ざされていたことだろう。
「……それでも、まだあたしを殺し足りないと言うのであれば、もう一度……殺せばいいわ。今度こそ、確実に……」
それは、テイリーに宛てた挑戦状だ。
いつでも構わない。殺りたいなら殺ればいい。
「だから、そのときが来るまで……あたしの傍で生きなさい」
「っ」
「これは命令よ、テイリー」
そう言って、あたしは手を差し伸べる。
拒否権は無い。そんなものはあたしが許さない。
「……化物め」
ぽつりと呟き、テイリーはあたしの目を見た。……否、睨み付けてきた。そして一言、
「いいだろう……いつか必ず、お前を殺してやる」
そう、宣言された。
「楽しみにしておくわ」
だからあたしは、レミーゼが浮かべるような不敵な笑みで返してあげた。